大冒険時代。

dateo2006-05-28

世界中からあらゆる秘境は消え去り、すべての秘密は開示される運命にあるのかも・・・と、ヤン富田さん13年振りのライブを見ながら、あらためて噛みしめました*1。ちょっと大袈裟だけど、ホントそんな気分です。『キングコング』のDVDに特典として付いていたメイキング映像のなかで、監督のピーター・ジャクソンが「なぜ映画の設定をオリジナルと同じ、1933年にしたのですか?」と質問され、「1930年代というのは、純粋な冒険心だけで人間が前進できた最後の時代だから」と答えていました。そこまでさかのぼっちゃうと、さすがにピンとこないけど、ぼく自身の感覚としては今からだいたい20年くらい前までは、世界がもっとシンプルだった気がします。昼間がもっと明るくて、夜がもっと暗かった時代の話です。今日テイ・トウワさんとメールのやりとりをしていたのですが、ぼくらが子どもの頃に抱いた欠乏感、そして欠乏感そのものが欠乏してしまった現代についての話題が出ました。それはここんとこ毎日考えていたこと*2と大きくシンクロするテーマだったので、ある種の共時性を感じました。でも、そのことを・・・ヤングのミナサンに対して、できるだけわかりやすくなるような表現に変換したいと頑張ってるわけですよ。できればその言葉を通じて、ゆるやかにオルガナイズ、したい。けれど、今のところは老人が戦争体験を語っているのと変わらない気分になったりしてるんですよねぇ。まだ言葉が自分からすっきり離れていってくれないというか。
日々、自分の中にある井戸の中・・・相当深い部分まで潜り込もうとしているうちに、いったいどれくらい深くまで降りたのか、あとどれくらい行けば底に着くのか、それすらわからない場所にぶら下がっています。頭上の光も小さくなってくるし、これはもうかなりの恐怖感ですよ。でもこれはぼくに割り当てられた大切な役割なのだからと、何度も言い聞かせつつ、子どもの頃から大事にしてきた「欠乏感」をランタン代わりに、もっともっと深いとこまで降りていくつもりです。なにか良いものが見つかるといいけど。

*1:2006年5月26日@六本木スーパーデラックス。目の前にリアル・ドゥーピーズが現れ、歌い始めたときには場内騒然。ちなみにヤンさん本にはぼくがrelaxのためにまとめた「2000年のMESS/AGE」セッションという鼎談が転載されてますが、ぼくのクレジットは残念ながら抜けております。重版したら直ると思うので、ぜひ二刷以降をお買い求めください(笑)。

*2:新しい単行本のためにエッセイを書き下ろしています。本を書くのはいつもオモツライ仕事です。