茅ヶ崎市美術館で七月末からやってた「北斎・広重の湘南―風景と人物―展」が今週末までだったので、慌てて見てきました。
海岸沿いのサイクリングロードを富士山に向かってひたすら漕げば、気分は『晩春』の原節子宇佐美淳
茅ヶ崎市美術館には初めて行ったんだけど、高砂緑地というクロマツの木立に囲まれた素晴らしいロケーションの中に建物があります。ココは元々、川上音二郎*1が愛妾と暮らしてた別荘があったんだとか*2。その後も由緒ある別荘地として、茅ヶ崎では有名な場所だそうです。

残念ながらお目当ての北斎神奈川沖波裏(左)」*3は展示品の入れ替えがあって見られませんでしたが*4、本日展示中の作品にも魅力的なものがたくさんありました。
特に良かったのは三つ。広重の「箱根湖水図(中)」、同じく広重の肉筆画「藤沢平塚江三里半」、それと歌川国芳の「相州江之嶋之図(右)」。
広重はあまりにもポピュラーな「東海道五十三次」シリーズのせいで(むしろ永谷園のせいというべきか)、まったく興味の対象ではなかったけれど、少なくとも今回ナマで見た作品だけで比較すると、北斎よりずっとナラティブで、独特のユーモアが絵の中にあって、あとデザイン感覚が素晴らしいんですよね。まあ、ボクが言うまでもなく、古今東西〜世界中から留保なく「素晴らしい」とのお墨付きであるからして、あらためて書く必要さえ無いんだけど、それでもあえて書かせてください。
そう・・・広重グッジョブ、と。
図版で見ても伝わらないと思いますが*5、ナマで「箱根湖水図」に対峙したとき、網膜にグググっと押し入ってくるかのような、色彩の強引さに誰しもショックを受けるはず。切り立った岩肌の部分は言うまでもないね。空はあえてなにも表現せず、遠くの山々や山頂のあたりに塗られている青の美しさ。険しい箱根の山を張り付くように登っていく小さく描かれた人物のファニーさったら、ナイ。それと打って変わって、肉筆画の精緻で透きとおるよう筆のタッチ、画面から伝わるひんやりとした空気感といったら・・・。
広重って「五十三次どころか、実は江戸周辺から出てない説」が濃厚だし、実際に旅した人から聞いた話とか妄想だけで五十三次を描ききったと言われてる。国芳の「江之嶋」だって、現実には視界のなかに収まらない様々な名所を一枚の絵の中に無理から収めてしまったという、ヴァーチャルなイメージ画。しかも実際に見ると、江ノ島全体が巨大生物(グエムル?)のようなおどろおどろしいタッチで描いてあって、おそらくこの絵を見た江戸の人々は、お化け屋敷かなんかに行く気分で出かけたに違いありません。
るるぶじゃらんも無い時代には、現実から浮遊したイメージのチカラ・・・まさに浮き世パワーにこそ人々は旅情を刺激されてただろうけど、浮世絵と実際に見た風景の間にさほどの誤差を感じなかったんじゃないだろうか。それこそ目で捉えたイメージに旅の昂揚がスパイスとなって作用するかのごとく。浮世絵はむしろ音楽が持っているチカラに近い作用を人々にもたらしてたんだと思います。
あとね、美術館を出たら、ふたたび視界一杯にクロマツの林が飛び込んできたわけ。これには感動したなあ。さっきまで見ていた浮世絵の中の風景と、自分が暮らしているこの場所が繋がっているんだっていう単純な事実に震えたというか。浮世絵の世界が放つ怪しい妄想力はボクの見る世界をも異化したのでした。
で、ここからは余談。帰りにブラリと立ち寄った中古盤屋にて、野坂昭如の「辻説法」*6を780円で抜き、ホクホク。海岸線をチャリンコでふたたび戻りました。太ももに蛾が当たって、痛かった。まあなんつか、良い一日だよね。

*1:オッペケぺー節で有名な明治の俳優です。知ってますか? オッペケぺー節。オッペケペッポペッポッポ。

*2:ちゃんと茅ヶ崎市のHPに書いてあったよ、愛妾って(笑)。その時、正妻はどこに住んでたんだろうね。

*3:AMWWWでもフィーチャーしてます。

*4:浮世絵は光によるダメージを受けやすいので、一枚の作品を展示する期間が短く制限されてるそうです。

*5:こういう書き方って当たり前のようにするけど、実にイヤミったらしいよね。でも、物凄い湿度の中、チャリンコで汗まみれになって出かけた努力に免じてほしい・・・って、この書き方も偉そうだ(以下、半永久的に続く)。

*6:昭和四十九年、参院選に出馬した野坂の街頭演説や小沢昭一の応援演説などを実況録音した珍盤。投票日前日の午後八時、最後のスピーチを終えた後で野坂と群衆が合唱した「黒の舟唄」に痺れる。オリジナルリリースはエレック。そしてなんと来月バップからCDで復刻決定、だそうです。