いやあ、いい天気です。吹く風がめちゃくちゃ気持ちE。窓を開けてるだけで得した気分になるのは、初夏ならではかも。
さて、前回のブログでベーコンの話を熱っぽく書きましたが、そのとき貼った画像がフランシス・ベーコンの「自画像」だった件について、誰かが鋭く突っこんでくれるかと楽しみにしていましたけど、残念ながら反応はナシ。ヒジョーに淋しかったです・・・。
さて、思いっきり話変わりますけど。
入り用ができた書類を見つけるためにバックアップDVD-Rを引っぱり出し、さっきからあれこれ捜してたんです。
ボクは友人たちから「ペリカン文書」と異名を取るほど、データのもちが良い人なので、過去10年以内くらいのメール、原稿、パソコン内のメモ書きみたいな断片まで膨大にあります。「なんでこんなものを?」と、本人でも疑問に感じるしょうもないものから、失っていた記憶を見事に復活してくれるステキなものまで、たくさん残っているわけです。
それこそフロッピーから始まり、MOディスクやZIP、JAZZドライブなんてのもありましたね。保存メディアが変遷していくたびに、まるでバケツリレーのように移し替えてきた貴重なデータたち。こうなったら一生モンです。

もちろんウェブ日記なんかも保存してあるのですが、ひさびさに開いてみたら、書き始めてからちょうど今年で丸10年だってことがわかりました。
記念すべき最初の日記が1997年9月8日(月)。当時27才。
読んでみたいでしょ?
では、どうぞ。

 命より大事なフィルムを誤って感光させてしまう。死にたくなるくらい本気で絶望する。落ち込んだおかげでメディアワークスの単行本原稿が全く進まず。

い、命より大事なフィルム? そんな大切なフィルムにナニが写っていたのか・・・もはや忘却の彼方。喉元過ぎれば熱さを忘れるとはまさにこのことですね。この頃のボクはレコード店マニュアル・オブ・エラーズ」でヘッポコ店長として業務をこなしつつ、原稿仕事なんかも頼まれればやっていました。ここに書いてる「メディアワークスの単行本」というのは、『オルタカルチャー日本版』という本ですね。
存外、面白いのでもっと飲尿・・・引用してみましょうか。

 昼間、モリタ氏から電話。今週から来週にかけて原稿地獄確定。夕方からサックスのレッスン。その後、先生でもあるサックスプレイヤー、菊地成孔夫妻、マニュエラの山口優、伏黒しんちゃん、三宅ハルコ嬢、友人の加藤裕と高円寺のイタリアン「ササキ」で晩飯。前菜の赤ピーマンと鳥ササミとアンチョビのサラダ、スカンピ、パスタ、パテなどを食らう。ワインをみんなで二本ほど開け、酒が飲めない人が多いマニュエラのみんなが珍しく酔っぱらってご機嫌。その後、菊地家にボクと加藤がお邪魔し、ここ三ヶ月のリングスのビデオを鑑賞。ナイマンのトーナメントでの活躍とタリエルの色男ぶりについて朝まで語り合う。原稿・・・。(97/9/12)

 午前2時半まで六本木のズバイでヴァガボンドの岡田、水島、橋爪、バターフィールドの関さん、インスタントシトロンのゴロウさんと日曜日のライブのリハーサル。橋爪君はキュウリが嫌いなんだって。俺は納豆が嫌いだ。その後、高円寺までクルマで送ってもらってマニュエラへ。マニュカフェの松前公高6時間DJにちょっとだけ顔を出し、そのあとマニュエラ内のアルトキスタジオでサックスの練習。始発で自宅へ戻り、原稿。10時半頃寝る。(97/9/13)

 午後は原稿。8時半に恵比寿の次郎長バー入り。夕飯は大好きな中華料理屋「天童」のエビチャーハン。ボクは細野さんの「終りの季節」のボーカルと、ミュージカル・ソー、ヴァガボンドの曲「勝新inハワイ」のギター、そしてパーカッションを演奏する。飲んだくれた元ミュージシャンが酔っぱらって野次ったりで雰囲気最悪。が、岡田クンの<●●さん、□□君結婚おめでとう>な泥酔パワーと関さんのほのぼのバイブで場をなんとか盛り上げる(ホントはあんまし上がってない)。終電に乗り遅れ、東芝の冨田さんに<高井戸まで>送ってもらう。(97/9/14)

 完徹して一気に原稿15本書き上げる。その間もネスケとユードラは立ち上げっぱなしで例の掲示板からアイコラだのを落としまくる。結局15本目をフィニッシュしたのが朝の9時頃で、そのまま着替えて10時半に下北へ。アサヤン等で活躍しているファッションライターU氏がスケジュールの都合で原稿が書けないらしくハッスルコーラの二人と俺で急遽インタビュー起こしするためだ。しかーしU氏に会ってみると、結局その人は任されてた原稿を殆ど書いて来ちゃってて、とりあえず俺はそれに関してはやんなくてオッケーになる。助かった。
 緊張の糸が切れた我々はイタリアンのランチで食前酒からデザートまで平らげ(ホントは3人とも徹夜明けでスゲエ残してんの)おもちゃ屋SUNNYへ。男3人でおもちゃ屋行くと最悪ですよ。買う買う。手に入れてなかったアクバーとレイアがジャバの捕虜になってる例のフィギュアを買った。
 そのあとおもちゃ屋の隣のDORAMAに行ったら菅野の「NUDITY」を3.600円で売ってる。思わず手に取ったら、ジャンプ放送局の単行本を血眼で探していたモリタ君と八木君に「もちろん買うよね」「買った方がいいよ」などと中学生の様な事を言われる。言われなくてもその時点で100%俺は買う気だよ。うわ、徹夜明けでNUDITYなんて俺、身体モつかな?とか考えてんだもん、ホントバカ。で、今日これからNUDITY一冊だとどう考えてもヤバイんで、一緒にレジ横にあった「バオー来訪者」の1巻2巻セットを300円で買う。「NUDITY」>「バオー来訪者」>「NUDITY」>「バオー来訪者」>「NUDITY」>「バオー来訪者」で結局「バオー来訪者」で終わるんかい!と脳内で自分に突っ込む。
 15時頃、家に帰ると岡田君から電話。DIGのチップマンクス原稿を今週中に上げられる?って駒形さんが聞いてきてるんだって。やるよ、やりますともよ。チップマンクスのキャワユサの秘密とかについて書くんでしょ。書ける書ける。俺は今週はもうただ仕事してたいんだよ。
結局「NUDITY」のシュリンクを破いて一回全体を眺めたところで力尽き、17〜20時のあいだ爆睡。夢? もちろん、菅野が出てきたよ。つきあってんの、俺たち。(97/9/17)

特に変わらないなあと思うのは人間関係。ここに出てくる皆さんとは、今も変わらず仲良くさせてもらっているのが嬉しい。もちろんごぶさたになってる方もいますけど。「氏」とか「さん」付けで登場して、すぐ「君」に変わったりしているところも初々しいな。あと、やってることもほぼ変わらないですねぇ(笑)。考えそうなこともほぼ一緒。まったく同じシチュエーションに放り込まれても、リプレイのように同じことをする自信があります。人間はそうそう進歩しないっていう大きな証。
で、1994年くらいからDJは始めてたんだけど、この頃はヴァガボンド、ワム・ジャポン(インスタント・シトロン+ヴァガボンド+関美彦)でライブをアクティブにやってたんですよ。菊地さんがちょうどサックス教室を始めたところで、少しのあいだ教わってたり、あとミュージカル・ソーを個人輸入して、ウチの前の神社でよく練習してた。リハだ仕事だって六本木にあった岡田君の事務所に入り浸ってて、ボクの高校の先輩である伊丹十三さんがちょうど事務所の真裏にあったマンションから飛び降りたんだ。当日は行ってなかったんだけど、前の日は一日中そこにいた。そのせいもあって、ものすごく生々しい事件だったな。
あとはやっぱり「NUDITY」。個人的には「サンタフェ」以上にコーフンしたし、見直しても(今、まさに見直してみた)イイ写真集ですね、これ。

と、いうことで、こんな日記でもダラダラ10年続くわけです。なんとかまとめて読めるようにしたいんだけど、労力を考えるとさすがに気が引けるし。どうしたもんか。

<写真は1997年12月25日、FPM田中さんと梶野彰一君のイベント「レ・プリュ」にワム・ジャポンでライブ出演したときの楽屋ショット。場所はもちろん京都メトロ。他にもカジ君やチャーベ君が出ました。この日がボクの初メトロでもあります。よく見るとパーマかかってる。>