昨日は期日前投票に行ってきました。図書室と同じ建物に投票所があって*1、前を通るたび「せっかく私ら毎日ここにいるんだし、ケチケチせずに寄っとくれよ」といった感じの、やたら恨めしそうな目で係員たちがじっとボクを見るもので、本を返すついでに投票してきたわけ。
でもずいぶん簡単な手続きで、期日前に投票が出来るようになりましたね。専用の用紙に住所と名前を書いて、期日前投票をしたい理由をチェックボックスで示せば、パソコンでちょこちょこっと確認。あとは普通に投票するだけ。休日に休みが取りにくい人は、絶対に利用した方がいい。

それにしても、一連の不祥事や舌禍事件はいうまでもなく、この期に及んで官房長官が「政権選択選挙ではない」とか「政権としての政策的な問題がいま、特に議論されているということではないのでは」だなんてナメたこと言ってるけど、昨今の気象問題と同様、もはや異常なのが当たり前という感覚になってるよね。
中越地方の人たちが地震によってひどい生活を強いられても、柏崎原発地震源のうえに建設されていたと聞いても、異常なのが当たり前だと思いこんでるから、危機感は麻痺し、自分のカラダが直接傷つくような事態が起こるまでなにもしたくないような気分なのだ。自動車に轢かれる直前のネコがヘッドライトを見つめたまま、身をすくめてジッとしているようなボクらだ。
心地よく生きるのってどういう気分だったのか、いったいどういう状態にリセットしたいのかさえよくわからなくなってる。これはとても危険なことだ。イメージが湧かないというのは、なにより危険な状態だ。イメージすることなく、いざカラダを動かそうったってうまく動けるはずがない。だから他人の様子が気になったり、過剰に反駁したり、もしくは頭を抱え込んで思考停止してしまう。安っぽいプロパガンダに乗せられてしまう。熱しやすく冷めやすい気質はますますエスカレートし、より激しく昂揚させてくれるものを欲してしまう。
ささやかなことでいいから、自分にとって心地よい生活のあり方をイメージすること、これがいちばんシンプルな解決法だし、大事なことじゃないかと思います。
ちなみにボクにとっての心地よい生活の基本イメージは元日の朝なのですが、みなさんはどうですか?

*1:写真はその建物の壁面を飾る巨大な鳥のレリーフ鵠沼の「鵠」というのは白鳥の古名で「くぐい」と読みます。それが転じて「くげ」になったんですね。かつてこのあたりは湿地帯で、越冬のために飛来する水鳥の楽園だったらしいです。