中野晴行謎のマンガ家・酒井七馬伝―「新宝島」伝説の光と影」を、さっそく読了。
マンガの王様が、自分史を少々ドラマティックに脚色してしまったせいで、酒井七馬は大きな「とばっちり」を受けた。その後も、王様のハナシを真に受けた人々が、ウラを取ることもなく、次から次へと口伝えし、書き飛ばした結果、捏造されたエピソードが一人歩きしていった・・・・・・よくある話といえばそうなのですが、言われた方はたまったもんじゃないよね。イヤ、マジで。*1
多少の皮肉をこめて書けば、チカラを手中にした人なら、客観的な歴史だって、自分の都合で簡単に書き換えられるのだろうし、周りもそれを良しとしてしまう。ぼくだって、同じような立場になれば、そうするかもしれない。*2
マンガの王様のように、すでに「名作」と評価も定まった作品だろうが、おかまいなしに修正を加えていくタイプのクリエイターなら、なおさら、そういう傾向が強くなっても、仕方ないか、と思う。
反対に、酒井七馬は常にマンガ界の傍流〜辺境に身を置き、そのようなチカラから距離を保とうとした。日々の仕事や、人生そのものにも、そうした傾向が見て取れます。ただし、紙芝居だろうが、夕刊の連載マンガだろうが、カット描きだろうが、頼まれればどんな作品だって、手を抜かずに描いたし、"最期"まで現役のマンガ家として生きた。
人間関係においては、去る者は追わない。去っていくのが自分の方なら、けして追ってくれるな、という性質。かわりに、自分を慕ってきたり、信頼してくれる者たちへの助けは労を惜しまない。優しく、孤独な、根っからのヒューマニストだったんでしょうね。
歴史にその名を轟かすような「巨匠」にはならなかったけど、「現代マンガの父」のひとりとして、直接/間接的に、多数の読者やマンガ家予備軍へ、おおきな影響を与えたことはまちがいありません。特に、戦前〜日本のアニメーション黎明期、彼がその制作現場に身を置いていたことは、映画的なコマ割りのテクニックを、マンガへ移植するアイディアに繋がったり、終戦後、進駐軍の兵士から、似顔絵を描いたお礼として、アメリカのコミック雑誌をプレゼントされ、それまでの日本のマンガには見られなかった、より空間的で、ダイナミックな構図を学んだことなど、ごく一般的に、マンガの王様の専売特許とされているような要素さえ、酒井七馬のサジェスチョン抜きで成立しなかったことが、この本から伺い知ることができるのです。
先日、読み終えた星新一*3の評伝と、共通して登場するヒト、モノ、コトも多く、そういった意味でも感じることは多かったし、イッキに読めた。おもしろいのでみんな読んだほうがいいと思う。

*1:いろんなハナシが一人歩きを始めた頃には、すでに七馬さんは亡くなってしまった後だったのですが・・・。

*2:もちろん今のぼくにはそんなチカラはないので、ひとつひとつの仕事を、すくなくともその時点において、妥協なく仕上げていかないと、後悔だけが積もっていくことになる。それゆえ、いっさい気を抜けないのです(苦笑)。

*3:この人も自作を死ぬまで修正し続けました。これも手塚先生との大きな共通項。ルーカスやスピルバーグもこのたぐい、ですね。