思えば、ぼくが実家を出て、東京近郊の街に暮らすようになってから、この四月でちょうど二十年になります。予備校に通わず、なまじストレートで大学に入ってしまった故、ほぼすべての人間関係をイチから築かねばなりませんでした。
ただ、幸か不幸か、親友と呼べる人たちさえ、今はいます。もし彼ら彼女らが死んでしまったら、ぼくが先に逝ってしまわないかぎり、泣かなくちゃならないのです。二十年間に渡って、コツコツと貯め続けてきたマイレージは、近い将来そういうかたちで、留保なく還元されていくのでしょう。

閑話休題古今東西、多くの優れた喫茶店に関するエッセイに、美味しいカレーと珈琲についてのトピックは欠かせません。ぼくの場合、それがハムサンドとクリームソーダに取って代わります。ぼくが喫茶店についてなにか書くとしたとき、かならず出てくる2つのメニューは、こどもっぽくて、少しかっこわるい。
フロム1988、トゥ2008。喫茶店のテーブルに誰かとさしむかいで座って、得たものと失ったもの。それはハムサンドとクリームソーダのメモワール。大好きだった3つの喫茶店。渋谷のLICA、新宿のスカラ座、吉祥寺のボア。今は3つとも(書いた順番に)失くなってしまった。
東京にはもう、無くなって哀しくなるような喫茶店は一軒もありません。ただしそれは、死ぬのが可哀想だと云う理由で、ペットを飼おうとしない人たちと同様に、つまりはぼくの所為なのです。思い入れを持てないのではなくて、持たないようにしてるだけ。だから最近、どこかへ出かけた折など、特に、ひとりでお茶をしたいとき、よく足が向くのは上島珈琲店。
こざっぱりした店内はめったに混んでなくて、注文したメニューはあっという間に揃います。クリームソーダではなく、黒糖の入ったあたたかい珈琲と、おなかが減ってるときにはバゲットに入ったサンドイッチを食べます。西新宿、高円寺、大森、東中野、大船、武蔵小山、大船といった、ちょっとばかり微妙な街にあるのも好きな理由。中には、もう一度足を運ぶより先に消えてしまう店があるかもしれないけれど、だからといって哀しくなったりはしないでしょう。
この先、はじめて出会う人たちの中に、別れの際に泣かなくちゃならないほどの関わりを持てる人が、どれほど現れるのだろうか、と考えることがあります。もちろんそんなことを思い悩んでも詮無いこと。だとしたら、自分に関わってくれるすべての人たちへ、できるだけ美味しい珈琲とサンドイッチを、気前よくふるまえる人生の方が素敵じゃないか。これから先、親友たちのなかに貯まるであろう、ぼくからのマイレージとして。