イベント報告以外の身辺雑記的なエントリーは、最近あまり書いてなかったですよね。で、今日はまさに身辺雑記的なおハナシを一席・・・とはいえ、近所でかわいい猫を見たとか、今の自分はミジメだけど星はきれいだとか、そういう類の話じゃありませんのでご安心を(?)。
さて、昨日の午後のことです。梅雨の晴れ間にいくつか用事を済ませようと「ユミヨシさん」で出かけ、そのついでに、最近気に入っている天然酵母パン&石釜で焼いたピザが売りの「プルクア」でトマトとアンチョビのピザとデニッシュを買い、ピザは店の前のベンチに座って食べ、本屋とビデオレンタル店を覗いてから自宅に戻りました。
汗で湿ったTシャツを着替えていたら、外から「ガッシャーン」という乾いた音が聞こえました。それはまるでマンガに描かれた効果音のような、カタカナの、「ガッシャーン」そのものでした。事前にブレーキの音はなかったように思います。
新しいTシャツに袖を通して、廊下に出てみると、セドリックの運転席側のボンネットが、大型トレーラーのバンパー下にめりこんでいました。助手席の前とハンドル中央からはエアバッグが膨らんでいて、ロバの陰嚢のようにのんびり揺れているのが見えました。まだセドリックの運転手は車内のようでしたが、閉じこめられているといった雰囲気ではありません。事故の見てくれはともかく、駆けつけている人たちのテンションから察するに、人命に関わるような事故ではない様子です。
しばらくボンヤリ見ていると、出がらしの番茶のような冴えない色のスーツを着て、同系色のネクタイを締めた、いかにもそのスーツとネクタイにふさわしい顔をした中年サラリーマンが、ヨロヨロと車外に出てきました。
ぶつかった原因は定かじゃないけれど、セドリックが一方的に対向車線にはみだしていたので、おおよそ居眠りか、運転中に携帯電話でも触っていたか、そんなところでしょう。
ぼくは一旦室内に戻って、アイスコーヒーを飲み、ノートパソコンを開きました。ネットで請求していた資料が最寄りの図書館に届いたことを報せるメールが来てて、ギリギリ取りに行ける時間だったから、もう一度外出することにしました。
玄関を出ると、もちろん目の前が事故現場です。消防車が到着しています。たしかにすこしガソリン臭い。ほどなくパトカーと救急車もやってきました。「ああ、スイマセン、出る間際にいろいろありまして、遅い昼メシの途中・・・じゃなくて、ちょっとあの、伝票仕事にキリを付けてから出てきたもので、いやいや、その分、ちゃんとやりますからご安心を」的態度で、すばやく事故処理にあたりはじめました。
作業をもう少し見守りたい気持ちもありましたが、図書館の閉館時間が迫っていました。ただ、ぼくをその場から立ち去る気にさせたのは、閉館時間どうこうではなく、別の理由があったことを、正直に書かなくては意味がありません。ぼくは日曜日の午後、秋葉原で起きたあの事件のことを思い出してしまったのです。いま目の前で起きている事故現場では、さいわい一滴の血も流れなかったことに、誰もがホッとしていたでしょう。いかにも"事故の後"といった空気・・・J・G・バラード風に書けば、射精後のような、倦怠し、弛緩したような空気が漂っているのが、そこに見て取れました。
にもかかわらず、キラキラ光る銀色の消防服や交通整理する警官たち、機敏に立ち働く消防隊員の姿を眺めていると、ぼくのアタマの中ではあの秋葉原の事件後の、緊迫した光景が、直接目にしたワケじゃないのに、やけに生々しく再現され、いたたまれなくなり、一刻でもはやくそこを立ち去りたい気持ちになったのだと思うのです。一枚だけ携帯のカメラで写真を撮り、図書館へと急ぎました。

小一時間して、自宅前に戻ると、まだパトランプが光っていました。事故にあったトレーラーを、さらに大きなトレーラーがレッカーするための大がかりな準備をしているところでした。やじうまは、もう一人もいなくなっていました。
ぼくも含めて。

Journalized

Journalized

最近よく寝る前に聴いています。完成させたときより、今の方がずっと多くの愛着が湧いているかもしれません。ぼくだけでなく、この作品を手にしてくれた人全員が同じような気持ちになってくれてたら素晴らしい。