0831[DAY1]
イベント前日の土曜。音の仕込みが深夜までかかる。あらかた準備が終わったあとに、どうしてもその日プレイしたい曲をネットで見つけてしまったからだ。さっそくiTMSで購入したのは良いけれど、そのままでは展開が物足りない気がしたので、リ・エディット作業にかかる。3分強だった原曲を5分半に再構成する。
今日出かける場所は、なにせ移動に時間がかかるところであり、翌日には別件の打ち合わせが入っていることから、観光のために時間が取れるのはこの日しかない。そんな事情もあって、昼過ぎに到着する新幹線を予約してもらっていた。
作業場からリヴィングに戻って、お茶を飲んでいたら、スペインサッカーの開幕戦をやっていることに気づく。ユーロで大活躍したビジャやシルバたちが在籍するバレンシアと、かつて大久保が在籍していたマジョルカの試合。凡戦なら無視もできるけど、これがなかなかの好ゲーム。試合終了まで見ていたらいつのまにか午前七時になってしまった。家を出るのは九時予定。ベッドで寝るのは諦めて、ソファにて仮眠。
なんとかカラダを起こして、最寄りの駅へ向かう。昨日までの肌寒さはすっかり真夏モードにリセット。朝早くから凄い暑さだ。そして粘りのある湿気。首から背中にかけて汗の粒が流れていくのがわかるほど。充分寝てないこともあって、なんだかクラクラしてきた。
藤沢駅にてバゲッドサンドとペットボトルのカフェオレを購入。日陰のベンチで下りの東海道線を待つ。この一週間というもの、いわゆる「ゲリラ豪雨」による突発的な悪天候続きで、東海道線も新幹線もダイヤが乱れまくったことが、この旅の最も大きい懸念。ところでホームから見上げる今日の空は蛍光がかった青色で、白い雲は視界のはじっこに温和しく身を寄せている。実際、往きも帰りも道中もゲリラ襲撃とはまったくの無縁だった。あいかわらず旅の天使が守ってくれている(拙著「レコード・バイヤーズ・ダイアリー」参照)としか思えない。ちなみに帰宅した翌日の火曜日、そして水曜日はともに、寝ていたゲリラが目を覚まして、東海道新幹線はまたも大雨でストップしたとか。
さて、藤沢から小田原、小田原から名古屋、名古屋から新大阪、新大阪から福山駅と、ほぼ一時間毎に乗り継ぎ。自宅からの経路で云えば、都合五本の電車で四時間半かかった。ぼくはどんなに遠くへ・・・・・・たとえそれが海外でも、移動中に寝る習慣がまったくない。今日のような激しい寝不足の日、どう客観的に検討しても眠っておいた方が良いときでさえ、クスリも効かない。せめて目をつぶって、眠ったふりでもしていようと思ったけれど、新幹線内の冷房が効きすぎていて、汗で濡れたカラダがすっかり冷える。短パン&ビーサンの下半身も震えてくるが、持ってくるつもりだったパーカーを入れ忘れていた。
隣席のサラリーマンが熱海を過ぎた辺りから、大量のビール、酎ハイ、乾き物をテーブルに広げ、宴会を始めた。そのくせ彼はじつに湿気たツラをしており、タマが切れて馬券が買えなかった最終レースをスタンドから眺めるような目つきで電光掲示板のニュースを読んでいる。酒と乾き物のニオイがすごい。iPodに入れてきた昨日のコサキン(ゲスト:山本高広)を聴きながら、ずっと鼻をつまんでいた。
小鼻がすっかり赤くなった午後一時半頃、福山駅に到着。ジムアンドレコーズのマコト・イノウエ氏を筆頭に、顔なじみ達が出迎えてくれる。福山に来るのはぴったり一年ぶりだ
いつ来てもあまり代わり映えがしなかった駅前の、地面がやたらとほじくりかえされているので、その理由を聞いてみると、駅舎を挟んで反対側にある、福山城の外堀が工事中に発掘されたので、その堀跡を生かした水辺の公園を建設しているのだとか。郊外のショッピングモールへと人の流れはどんどん吸われているのに、駅周辺の利便性をますます悪くしてしまいそうな開発計画に、若い友人達はすっかり呆れている様子。説明する口ぶりがやけに刺々しい。
駅周辺の開発と云えば、前回、昼食を食べた出雲そばの店「大黒屋」が一角に入っていた「繊維ビル」も、今年に入ってからあれよあれよと取り壊しが進み、現在も解体中。
今年初めに店舗を畳んだあと、このまま閉店かと常連たちを散々やきもきさせた「大黒屋」は、市内の別の場所に移転した。繊維ビル時代の、隅々まで薄汚れた、風情のある店構えから、こざっぱりした家族向けの店へと変貌していた。ただし、平打ちのボソボソとした、いかにも田舎風の蕎麦の食感や、添えられた紅葉おろしの、口中をヒリリとさせる辛みは、まったく変わっていなかったのが嬉しかった。
食後、チェックインの時間には少し早かったけど、宿へと案内してもらう。六月に開業したばかりのCANDEOというホテル。いわゆるデザイナーズホテル・スタイルの内外装。大きなガラス越しに市街を見下ろしながら入浴できる大浴場が最上階に付いているとか。部屋にバッグを置いて、デジカメと財布だけ手にして、ロビーへ降りる。
さて、この旅でもっとも楽しみにしていた場所「鞆の浦(とものうら)」へ出発。ちなみに現地の人たちは鞆の浦のことを「鞆(とも)」と呼ぶ。正式な地名は「鞆町」だ。

鞆の浦の成り立ちや歴史について詳しい説明は省くが、ぼくがこの場所を知ったきっかけは、恥ずかしながら例の「ポニョ」だ。宮崎駿が「ポニョ」の構想中、二ヶ月にわたって長期滞在した家が鞆の浦にあることをNHKのドキュメンタリー番組で見た。この日曜日にも、さびれた港町は「ポニョ」景気によって多くの人出を集めていた。天気が良いこともあって、各所の駐車場もことごとく満車。ただ、それなりの人出とはいえ、あくまでぼくの想像以上だったという意味でしかなく、たぶんこの周辺で云えば尾道にはもっとたくさんの人出があったに違いない。廃墟同然の古い木造の住居や陳列棚のほとんどが空っぽの個人商店、およそ観光客向きではない小さな飲食店(お好み焼き屋が多いのはさすがに広島)のガラス戸をのぞきこむと、瞬時に店内からいぶかしげな目で睨みかえされる。しかし、この港の風景を見た瞬間、アッと思った。スクリーンで見た、あの景色が目の前にあった。

その町並みは、物心ついてから眺めてきた、さまざまな懐かしい景色を一カ所に集めて、煮染めたような味わいだ。鞆の人たちも観光客向けにあれこれ工夫をしているようだが、その煮つまり方が半端じゃないので、あとから少々水を注いでも、長きにわたって鍋の底にこびりついてきたものを、もう一度食べられる状態に戻すのは無理な相談に思える。同行していたイノウエくんに、京都の町屋や金沢の茶屋街よろしく、ジムレコの店舗兼オフィスを鞆の浦へ移転することを勧めておいたんだけど、冗談半分とはいえ、街の中心からいたずらに人を排除するような方向で開発が進んでいるのなら、極端に思い切ったことをした方が、中長期的に見れば面白いことになるんじゃないかと、半分は本気で思ったりもする。

祖母の家があり、土地勘があったはずのイノウエくんがナビとしてまったく使い物にならないことが判明(Google Mapから鞆の浦の全体図をプリントアウトして持参していたが、そこには目的の場所がいっさい記載されていなかった)。そんなわけですこしばかり「崖の上の家」を見つけるのに手間取ったけれど、それはそれは素晴らしい場所に建っていたのだ。

海に突き出すような小さな岬がまるごと崖になっていて、かつてそこには小さなお城(大可島城址)があったという。現在は敷地の半分が円福寺という寺で、もう半分が邸宅になっている。もちろん現在でも住人がいるので勝手に入るわけにはいかなかったが、瓦屋根に特徴のある木造の住居が庭木ごしに見えた。


円福寺の裏手からは仙酔島と瀬戸内海が一望できる。瀬戸内育ちのぼくだが、こんなかんじで雄大に広がる瀬戸内海は初めて見た気がする。

崖から降りて、ふたたび港へ。イノウエくんが鼻息荒くぼくに飲ませたがっていた「ポニョドリンク」を供しているカフェは、定休日でもないのになぜかお休み。ということで、ポニョドリンクの正体はわからず。まさか金魚は入ってないと思うけど・・・・・・。通りがかりにぼくが見つけた古い喫茶店でアイスコーヒーを飲んだ。

ふと時計を見ると午後四時を過ぎている。もう一カ所、今回楽しみにしていた「柳原良平ミュージアム」が午後五時閉館だったので、いそいで喫茶店を出た。

鞆からクルマで15分ほどのところにある常石。主幹産業は造船で、ドックには何隻もの巨大な船が停留されている。なぜこの地にこんな場所ができたかについては、上記のリンク先を参照してもらうとして、入場料三百円でトリスのハイボール一杯が付き、展示されている貴重な作品の数々は、ガラスケースに入れられるでもなくほぼ剥き出しの状態で、手に取ることができる(山口瞳さんから献本された直筆サイン入りの「男性自身」が棚の上にポッと置いてあったのを発見したときは、ちょっと悪い気持ちが起こりかけました)。ぼくのようにヤナギハラ気分で絵筆を取ることだって可能。

留守宅へ勝手に上がり込んだような気楽さで、アンクルトリスの世界を存分に堪能できる。写真は撮り忘れましたが、この建物の窓から目の前にある造船所が見える。ドックの壁面やクレーンがカラフルに塗られていて、確かめたわけではないけれど、おそらくそれは柳原さんの手によるものではないだろうか。作品が現実にブロウアップされたような気分になる。ぜひ実際にミュージアムへ足を運んで、あの眺望を堪能してほしい。

それにしても。宮崎駿柳原良平という、ともに戦中派のアーティストがこの地にインスピレーションを得て、作品制作に励んだというのは興味深いし、ぼく自身も大いに惹きつけられるものがあって、イベント前にもかかわらず、充実した時間を過ごすことができた。

ほどなく福山市内に戻り、一旦ホテルへ。しかし小一時間ほど横になっただけでお呼びがかかり、イベント会場であるソーズ・ダイナーへ向かう。スタッフや共演のDJたち、ジムレコのクワダくんとここで顔合わせ。サウンドチェックをしたところ、スピーカーの鳴りに納得がいかず、EQなどを調整したりしてるうち、あっという間に楽しみにしていた夕食の時間。
これまた昨年に引き続き、魚料理がめっぽう美味しく、福山メンバーもご贔屓にしている「多幸半」へ。新さんまの塩焼き、たちうお、タコの天ぷら、徳島地鶏、しらさ海老などなど、おなかいっぱい頂く。朝からずっと暑い中を移動したせいで、すっかり喉が渇いていたこともあり、生ビールからスタートして芋焼酎のロックに至るまで、かなりの急ピッチで呑んでしまう。これがこの後に哀しい結果を呼ぶことになるのだが、ぼくはまだそれを知らない。

後半に続く!