ジョン・アーヴィング「また会う日まで」読了。執筆期間は六年半に及び、原書の総ワードは約32万語。日本語訳は上下巻で一千ページ強という、文句なしの大長編。上巻は読み通すのに結局10日くらいかかったのですが、下巻の方は、ちょうど昨日でキリがついた仕事があったため、昨日と今日の丸二日間で一気に読み終わりました。*1
集大成と評されてるとおり、過去の作品中に登場した印象的なアイコンがたくさん散りばめられていて楽しいし、訳者のあとがきによると、自伝的要素が多分に含まれているとのこと。事実、執筆期間中には「小説よりも奇なり」な符号が、アーヴィングの身の上に次から次に起き、それもまた今回の作品へ反映しているそうです。
この「また会う日まで」に限らず、アーヴィングの作品を読み始めると、毎回ぼくの意識下には「読書管理委員会」なるものが発足します。併せて「読書対策事務所」によって、脳内のスペースが少なからず占有されてしまうのです。そして物語の展開に沿って、登場人物たちが次から次にそこへ現れ、勝手にお茶を飲んだり、激しく議論したり、セックスしたりします。ぼくはその様子を隅っこから眺めてオロオロしているだけ。
見事読了した時のために、樽酒と片目のあいた巨大なダルマが置かれてるのは選挙事務所と同じ。その時までぼくの役目はありません。いや、物語に振り回され、投げ飛ばされ、フルネルソンをかけられて窒息させられそうになったりするのが、読者であるぼくの仕事。とにかくヘトヘトになるし、なんでこんな辛い目にあってるんだろうと、我に帰ることもしばしば。それでも物語からほとばしる「圧」が強いので、先へと読まずにはいられないのですが。
もちろん読了した現在となってはすべて過去のことで、主人公のジャック以下、登場人物たちはふたたび物語の世界へと姿を消してしまいました。両目が塗られたダルマや酒樽もすでに撤去されたあと。リノリウムの床が溢れた酒のせいで少々ベトついてはいますが、ひと晩寝て起きれば、きれいに掃除されてしまっていることでしょう。
それでも、アーヴィング小説の住人たちが立ち去った後の寂寥感は毎回格別というか、他の小説家が書いたどんな小説にもまして大きいので困ります。全身に隙間もないほど刺青だらけのパイプオルガン奏者とか、リアリティの欠片も無い人たちばかりなんだけど、旅先で知り合って仲良くなった人たちみたく、いつまでも懐かしくて、色あせない思いが残るというか。
では最後に開高さん的な視点から、この長い長い小説のなかで、ぼくがもっとも印象に残った一言半句を紹介しましょう。
「女の人っていうのは、初めての恋を乗り越えられなくて、おかしくなることがある。むずかしい理屈じゃないでしょう?」(下巻・162ページ)
ぼくは男だから、ほんとうのところはよく分かりません。ただ、男は乗り越える以前に初めての恋を忘れちゃうことが多いんですけど(俺だけ?)ともあれ、天津木村のごとき自信満々の表情で・・・・・あると思います!


また会う日まで 上

また会う日まで 上

また会う日まで 下

また会う日まで 下

上に貼ったアーヴィングの写真。右腕の肘の裏に彫られた刺青、これはいったいなんの図案でしょうか。日本刀の鍔(つば)のような形にも、コインの挿入口のようにも見えますね。お金を入れたら、猛然とキーを打ち始めるロボット小説家、その名はミスター・アーヴィング!

*1:一年前に出た本なのであらすじ、要約のたぐいは出尽くしてるでしょうし、すでに読まれた方も多いはず。よって今回はそのあたり一切を省きました。でも基本的には引用した一言半句にすべてのキーがあるかも。あしからず。