今回のエントリーはドラマの話です。俎板に上げたのはフジテレビ系で木曜午後十時に絶賛放映中の「ありふれた奇跡」です。ごく一部で有名なフリーライターの鼠忠一郎さんと、昨日の午後に繰り広げたこのドラマに関するチャットを再録し、その魅力をぼくらなりに語ってみることにします。なお、本文はいつも以上に長いうえ、ドラマを見ていない人、また興味のない人には面白くないかもしれません。と同時に、われわれはこれを読んでみんなにもドラマを見て欲しい!などと煽るつもりもありません。かといって、稀代の”ドラマ・マエストロ”山田太一が12年ぶり、そして”最後の連ドラ”として書き上げたこの素晴らしい物語を、リアルタイムで追っかけられる喜びは隠すつもりなど毛頭ないのですが。

ということで、ひさしぶりに折りたたんでおきます。

はい、それではミズモト×鼠忠一郎による「ありふれたチャット」をお楽しみください。

木金土日月火水。

ミズモト(以下、ミ)「それにしてもあれだね。こと、テレビに関しては木曜基準で一週間が回ってる感じだよね」
鼠忠一郎(以下、鼠)「TVKで『探偵ナイトスクープ』見て、深夜は『アメトーーク!』。そしてもちろん10時からの『ありふれた奇跡』だろ?」
ミ「俺の場合は夕方の『スーパーJチャンネル』もあるけど」
鼠「矢島悠子アナ、か」
ミ「うん・・・。まあ、それはさておき『ありふれた奇跡』だよ。今日の放送で第八回。3月11日までの全十一回だから・・・これから文字通りのラストスパート」
鼠「淡々と、いうか、粛々と物語は進んでるから、終わりに近づいてもそこまで怒濤の展開が待っているというわけじゃないだろうけど。初回から結末が見えてる状態で話は進んでるわけだし」
ミ「それにしてもさあ、一話一話が”アッ!”ちゅう間に終わっちゃうよね」
鼠「たしかに。『風のガーデン』もそうだったけど、倉本聰にしろ、山田太一にしろ、時間配分っていうのかな。どのシチュエーション、どのシーンをどれくらいの尺で見せるかっていう配分が絶妙なんだよなー」
ミ「各話のラスト部分でも思わせぶりな”曳き”を使わず、バサッとカットアウト。そして、エンヤの歌声がすかさずカットイン」
鼠「毎回、あっけにとられるような見事さ!」
ミ「とくに前回(第七話)なんて、CM要らなかったよね」
鼠「主役ふたりの祖父母(井川比佐志×八千草薫)がはじめて対峙した例のカフェのシーンから、いきなり野太い声で”あとナンマンマ〜イル!”ってガナられると、テンションが一気にガクーっ(涙)」
ミ「あのドラマに入ってるCMってどれもなんかイライラする。宮崎あおい福山雅治夏川りみも・・・」
鼠「世間的な好感度と真逆(笑)」


どっちもどっち。

ミ「それにしてもね、八千草薫もさあ、よりによってあんなしゃれたカフェへ比佐志を呼びつけなくてもいいのに」
鼠「いや、比佐志に言い渡すセリフはハナから決めてきてるわけだから、自分のフィールドへ引き込んでおいて、一気に叩き斬ったわけだよ」
ミ「比佐志、笑顔のままでフリーズしてたもんな」
鼠「あのシーンに象徴されるけども、さっきの時間配分の話で云えば、ふつうなら切り捨てそうなシーンをぜいたくに残して、もうちょっと引っ張ってもよさそうだなってところをさっさと切り上げるところとか、ほんと絶妙」
ミ「シルヴァーナさん・・・じゃなかった、岸辺一徳が自宅へ乗り込んでくるのを比佐志から知らされて、風間杜夫が風呂上がりにパンツ一丁で廊下をドタドタ走り回るカットとか、アレふつうは切るでしょ。俺的には必要だけど(笑)」
鼠「それにひきかえ、比佐志が八千草薫から”最後通牒”を突きつけられたあと、どんな顔をしてあのカフェから帰ったのか、とかさあ」
ミ「実際は描かれてないけどいろいろ想像しちゃうよね・・・」
鼠「どっちがコーヒー代払ったんだろう?」
ミ「まあ、俺が想像するに、先に八千草薫が『お呼び立てしたんだから私が』っていちおう言うんだけど、財布を忘れてきてるはず(笑)」
鼠「で、結局、比佐志がしぶしぶ払ったと(苦笑)。孫といい祖父といい、とことんボランティア扱いなんだな、薫は」
ミ「で、比佐志は帰り道に地元の信用金庫のATMでまとまった金をおろし、翌朝、出稼ぎ職人の松重豊に渡したわけだよ」
鼠「孫を連れて、パーッとやってくれと」
ミ「で、自分はコロッケに日本酒(涙)。そういえば、ぼくの”ありふれた奇跡”友だちであるグディングス・リナさんは、田崎家が映ると、どんなシーンでも反射的に号泣しちゃうって言ってたな(笑)」
鼠「キテるね」
ミ「相当、キテる。そのわりにさ、息子を事故で亡くしたスナックのママを、警官役の塩見三省がさ、ひたすら『ママは偉い』って慰めるシーンがあったじゃん?」
鼠「あったね」
ミ「他人の不幸を、職業柄テキパキと”捌いてきた”であろう、あの警官がさ、ママの芯の強さというか、悲しみを自分の胸のなかだけに秘め、ひたすら耐える姿を目の当たりにして、言葉を失う・・・ようやく絞り出したのが、あの『ママは偉い』ってひとことだと思うんだよ」
鼠「かもね」
ミ「いつもとは逆に、ブレーキ役へ回った藤本(陣内孝則)の滑稽さも相まって、妙に俺は泣けたんだよ」
鼠「うーん」
ミ「でも、リナちゃんには『あそこは泣くシーンじゃないですよ!』ってキッパリ言われちゃってさ」
鼠「まあ、どっちもどっちだな」

個別の物語。

ミ「そういえば、立ち読みしただけなんだけども、『ドラマ』っていうシナリオ専門誌の最新号が山田太一特集だったのね」
鼠「うん」
ミ「初回から三話までの台本が収録されてたり、太一のロングインタビューが載ってたりして、かなり面白かった。ドラマのラストはこんなイメージのシーンで終わる・・・みたいなことまで言及してる」
鼠「言うなよ。ひとことたりとも」
ミ「まあ、俺にとっては想像といっさい違わなかったんで、べつに驚きはなかったし、興味ある人だけ読めばいいと思うんだけど、それ以上に興味深いことを太一が話しててさ」
鼠「どんなこと?」
ミ「いま、日本で社会問題化している自殺・・・年間三万人の死者が出ている現状に対して、このドラマでなんらかの回答を示すのか?っていう質問だったんだけど」
鼠「核心だな」
ミ「で、メモったわけじゃないし、うろ覚えで書くけども、要するに、個別の物語がどれだけ多くの人の心に触れるのかは分からない、ましてや回答を求められても作者である自分の手にも余る。ただ、主役と準主役たちはかならず救済する・・・って太一は力強く宣言してたわけだ」
鼠「ほう」
ミ「で、ちょうどこないだNHKでやってた『うつ病』の治療に関するドキュメンタリーを見たんだけど、いわゆる日本の精神科医やカウンセラーと、いまイギリスでめざましい成果を上げている認知行動療法士のアプローチの違い、って話題があってさ」
鼠「ふむ」
ミ「まあ、詳しくは再放送を見てもらうのがイイと思うんだけど、要するに日本のカウンセラーは患者の話を”傾聴”するんだと」
鼠「患者の話すがまま話させて、カウンセラーはそれをひたすらお伺いするってわけね」
ミ「そうそう。でも、イギリスの認知行動療法士の人はもっと積極的に患者へアプローチする。質問をはさんだり、その人が出した結論に関して、別の可能性なんかを提示しながら、相手の話にどんどんコミットメントしていく。そして、彼らの語った物語に生じている、一種の”ゆがみ”を顕わにし、それを患者といっしょに、合理的に修正していく」
鼠「んー、よくわかんない」
ミ「その番組では、うつ病の疑いがあるフリーのTVディレクターっていう男性が出てきて、認知行動療法士・・・これがかなりセクシーな女性だったんだけど、まあ、その彼女とカウンセリングしてるとこが紹介されてたわけ」
鼠「セクシー・カウンセラーね」
ミ「まず彼は最近離婚をして、別れた女房に幼い娘を取り上げられている、と切り出すわけ。で、元嫁が娘から自分を遠ざけてるんだとかなんとか思いの丈をぶつけていくうちに、だんだん彼は興奮してきて『あのオンナ(元嫁)は狂ってる!』とか口汚くののしったりしてさ。でも、認知行動療法士が質問を重ねて、話の角度を徐々に変えていくと、じつは過去十ヶ月にわたって、二週間に一度、きちんとその娘に会わせてもらってることがわかるんだよ」
鼠「へえー」
ミ「つまり、娘にじゅうぶん会わせてもらってないという思いこみがエスカレートしていて、彼のなかに一種の”ゆがみ”を生んでいることがあらわになる。で、彼自身もそのゆがみの存在を再認識していく」
鼠「なるほどね。要するにその男性がアンハッピーだと思いこんでいた”個別の物語”を、認知行動療法士が手助けしながら、ハッピーエンドに書きかえるってこと?」
ミ「うーん、かならずしもハッピーエンドかどうかはわからないけど。その人のこころのなかに、こんがらがっちゃったままの物語があって、そのこんがらがった部分をほぐしながら、結末までうまく導いてあげるってかんじ、かな」
鼠「なんとなくわかる」
ミ「ドラマとか小説にはもともとそういう作用があるじゃん」
鼠「あれだ。人のふり見て、わがふりなおせ的な」
ミ「そうそう。で、太一はインタビューの中で”物語より人物を描くことを重視する”みたいな発言もしてたんだ」
鼠「ふんふん」
ミ「それは別にストーリーをないがしろにするっていう意味じゃなくて、連続ドラマ・・・しかもフジテレビ五十周年記念作品として華々しく制作されたTVドラマのなかで、どんなことを物語るかってことより、登場人物たちが抱えている”個別の物語”を丹念に描こうとしてる、っていう意味だよね」
鼠「だからこそ、リナさんが田崎家の夕餉のシーンで泣いたりしてもヘンじゃない、と」
ミ「そうそう。一般的な意味での泣けるシーンだろうがなかろうが、田崎家がかかえている”個別の物語”に、ドラマが語らずとも感応してしまうのかもしれないね」
鼠「人物が十全に描けている証拠だ」
ミ「そういうこと! あんまり使いたくない言葉だけど、すぐれた物語は人をいやすんだよね」
鼠「しかも七十歳を超えたおじいちゃんがさ、二十代の若者の恋愛模様をこれほど鮮明に描ききるってことには、ただただ感動する」
ミ「永ちゃんが”若いっていうのは細胞が若いってことじゃないんだ”って言ってたけど、まさにそのとおり」
鼠「太一は細胞こそ古いけど、じゅうぶん若い(笑)」
ミ「携帯メールのやりとりが、これほどまで自然に馴染んでるドラマを書いたのが七十一歳の脚本家なんだからさ。ふつうの七十一歳は携帯持ってても、シルバーホンでしょ」

生き霊?

鼠「主役のふたりを例に取るだけでも、人物造形の対比が見事だよね」
ミ「ドラマの中で加奈(仲間由紀恵)に何度も”衝動的だ”と非難されるのは翔太のほう(加瀬亮)だけど、実は過去に自らがとった衝動的な行動で傷ついてるのが加奈。翔太は職場での不条理な行いにたいして、限界まで耐えた末、自殺へ辿り着いてしまった青年」
鼠「藤本(陣内)が電車に飛び込もうとしてることを、先に気づいてたのにどうしようかと加奈は考えているだけで、実際に制止することができなかった」
ミ「それにひきかえ、藤本をぶん殴ってまで止めたのが翔太」
鼠「ちゃんと考えろとかなんとか加奈はいつも翔太にせまるけれど、いざというとき、見る前に跳ぶことができた翔太こそが藤本の命を実際に救った」
ミ「でも翔太が衝動的に行動できるのは加奈に関わること限定なんだよな」
鼠「改札でわかれた直後、パン屋まで追っかけたり(笑)」
ミ「あれはさも翔太が衝動的に取った行動のように見せかけて、加奈が”生き霊”を飛ばしたに違いない」
鼠「おお、『鈴木先生』でおなじみの”生き霊”ね」
ミ「加奈は飛ばせるタイプでしょ。だからこそさ、じっくりと、だとか、ちゃんと、だとか言い聞かせてるのは翔太に対してではなくて、自分なんだよね、加奈は」
鼠「・・・俺たちもほんとキテるな」
ミ「つうか、キャスティングもばっちりだから、これだけ感情移入できるんだよなあ」
鼠「個人的には杉浦直樹に出てきて欲しいんだけどね」
ミ「どんな役で?」
鼠「仲間由紀恵のオヤジ役が良かったけど、年齢が年齢だから」
ミ「今年、七十八歳じゃ、井川比佐志より上だよ(笑)。じゃあ、八千草薫の先立たれた夫くらいでいいんじゃない?」
鼠「岸辺一徳の会社の社長ってことにしておく。俺の中で」
ミ「了解」

Young And Fine

鼠「これで今回のドラマが連ドラ最後、とか言ってんだから惜しいよね」
ミ「たしかに、太一のドラマを初めて見る人に、『岸辺のアルバム』とか『高原へいらっしゃい』とか『早春スケッチブック』をさしおいて、このドラマを彼の最高傑作と推薦できるかどうかは別として、先に挙げたような作品よりも、この『ありふれた奇跡』が劣っているなんてゼッタイに云えない」
鼠「そうだそうだ。俺も前からそういう決めつけには違和感があるんだよ」
ミ「たとえば、フランク・ザッパ
鼠「出たよ、いつものザッパか(笑)」
ミ「そんなふうに言わないでよ(苦笑)。まま、ザッパは超が付くほどの多作で、死後に出た作品だけでも両手に両足を足さなきゃ数えられないくらいだし、どれか一枚なんて野暮なこと聞かれたら、80年代以降に出た作品はなかなか選べないわけよ」
鼠「ふんふん」
ミ「でもね、ファンになってから、唯一リアルタイムで新作として手に取ったアルバム・・・『Yellow Shark』は俺にとってどう考えても特別なんだよ。俺がザッパを追っかけ始めた1989年頃には過去のライヴをコンパイルした『You Can't Do That〜』シリーズを筆頭に、旧譜のCD化も含めて、ものすごいリリース量だったんだけどね」
鼠「毎月のように出てたもんな」
ミ「この『Yellow Shark』はザッパがガンに冒され、それこそ身を削りながら、アンサンブル・モデルンという若き音楽集団と厳しいリハーサルを重ね、亡くなる前年にライブレコーディングした」
鼠「音楽雑誌などで刻一刻と伝えられる病状のことを気にかけながら・・・って、まだインターネットの時代じゃなかったから、刻一刻といっても限界があったけどね」
ミ「そうそう。で、いきなりこのジャケットをレコ屋の店頭で目の当たりにした瞬間のドキリとした気持ちも一生忘れないけど、遺作という位置づけ以上に、この作品の凄さはたぶんまだ正統に評価されてないと思う」
鼠「若いっていうのは細胞が若いってことじゃないんだね・・・たとえその人が死ぬ寸前でも」
ミ「まさに。だからこそ、山田太一最後の連ドラを見てる俺らにとって、この『ありふれた奇跡』は特別な作品なんだよ」
鼠「無論、山田太一はまだピンピンしてるけどさ」
ミ「まあ、こういう”物語”のチカラを十全に感じさせてくれるドラマが世の中に不足しているからこそ、こころの風邪をこじらせる人がこんなにも増えてしまったと言っちゃったら無責任すぎるかなあ」
鼠「当たらずとも遠からず、だと思うよ。で、そういう意味じゃ、このドラマよろしく、こころに傷を持ったひと組の"ふぞろい"な男女が、奇跡のように再会して、入籍までしちゃった」
ミ「それこそカットとカットの間にいったいなにが起こったんだろうって、想像力をおもいっきりかき立てられてしまうわけだが(笑)」
鼠「俺はあんまり想像したくない!」


早春スケッチブック DVD-BOX

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Yellow Shark

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