ちょうどデヴィ夫人が右翼の街宣車に植木鉢をぶつけていた頃、作家のJ・G・バラードが逝去。バラードといえばやはり「クラッシュ」に尽きます。倒錯したセックスと発達したテクノロジーが、交通事故を介添人にして悪夢的な婚姻を遂げるお話・・・って、バラード自身の解説を元にして少々アレンジを加えてみましたが、これじゃよく分かんないですよね。
この小説の最重要人物はヴォーン・・・彼は走行している車のなかでエリザベス・テイラーとセックスし、彼女がオーガズムに達した瞬間、衝突死することを目論む男。そして彼の思想や行動に魅了されていく作家バラード(!)。バラードの妻、夫を交通事故で亡くして以来、行きずりの男たちとのカーセックスに耽るようになった女性ヘレン・・・といった登場人物が運命を多重衝突(クラッシュ)していく・・・っつう、なんとも形容しがたい小説なんですけどね。

巻末の解説で巽孝之さんが指摘しているように、この「クラッシュ」が発表されたのは、奇しくもトマス・ピンチョンが「重力の虹」を発表した1973年。つまりアメリカとイギリスから放たれた二発の文学的ミサイルが、虹のような軌跡を描きながら飛翔し、大西洋上で華々しくクラッシュ!
これ以降、ロボットやワープやタイムトラベルが登場するような旧来タイプの"サイエンス・フィクション"は肩身を狭くし(七十年代後半、ルーカスやスピルバーグの手によってハリウッドで復活するまで)、新しい感覚のサイエンス・フィクションニューウェイブSFと称される作品が次々登場しました。

日本では約二十年後の1992年に柳下穀一郎さんによって翻訳され、ペヨトル工房から出版されました。ちょうどその頃、映画界におけるニューウェイブSFの代表的作家デヴィッド・クローネンバーグが、「クラッシュ」の映画化を進めていたことが出版の背景だったとおもうんだけど、当事者ではないので正確なところはよくわかりません。ただ、青春暗黒時代を謳歌中だったぼく(前回のエントリー参照)がこの単行本をよろこび勇んで購入したのは、まちがいなくそうした流れのなかで存在を知ったからだとおもいます。
それにしてもこの小説のエロさといったら!
ついつい文字を大きく(エレクト)してしまいましたが、二十代の頃ならいざ知らず、四十代に指先がかかった今のオレですら、おいそれと読みかえすのも躊躇するほど・・・。
ついでに言っておくと、その後、クローネンバーグが1996年に完成させた映画版「クラッシュ」も只事じゃないエロさ!
劇場で二回見て、その後ちゃんとDVDも買いましたが(五千円くらいした)見るたびにとんでもないキブンになってしまうので、購入してからずいぶん経つけど、まともに一回も見てない。

九十年代のアタマっていうとアダルトビデオが爆発的に作品数を増やしたり(その頃、ちょうどレンタルビデオ屋でバイトしてたんで、仕事量をとおして実感)、カタカナ化してライトになったフーゾク産業の影響もって、ものすごく明るい場所に"セックス"が引っ張り出された時代でもあったわけだ。宮沢りえと篠山先生が「サンタフェ」出したのも1991年だから、ヘアヌードって言葉が市民権を得たのもその頃だったはず。

一方、最初のマッキントッシュを購入したぼくがパソコン通信ニフティサーブ)の海に漕ぎ出したのもこの時代。パーソナル・コンピュータとそれらを繋ぐネットワーク・・・新しいテクノロジーによってカラダとココロが強引にひっぺがされるような感覚をはじめて植え付けられた・・・まさにそのキッカケともいえる時期に「クラッシュ」と出会ったことは、今になってふりかえればものすごく重要だと思うんですよね。しかも、それまでに読んだり見たりしてきたどんな性的イメージとも異質で、なおかつ経験したことないくらい強烈な信号を脳内に直接送り込んでくるような作品だったわけで。
極端に外的な世界(別の惑星とか宇宙の果てとか海底の王国とか未来社会とか)を、作家の想像力を駆使して十全に描くことで、読者の内的世界に働きかけるサイエンス・フィクションと、精神にも肉体にも問答無用で激しい刺戟を与えるポルノグラフィーがガッチリ融合してるんだから、そりゃ効きますよ。*1

死に先立って、ヴォーンはあまたの衝突に参加していた。私の記憶の中で、ヴォーンはいつも盗んだ車に座り、永遠に彼を愛撫し続ける、歪んだ金属とプラスチックに包まれている。二ヶ月前、空港線の立体交差下で、ヴォーンは死に向けた最初のリハーサルを試みた。側道に隠れていたヴォーンが小型車にぶつけたのだ。通りがかりのタクシー運転手がショック状態のスチュワーデス二人を車から助け出していた。(本文14ページより引用)

衝突の瞬間をビデオで記録し、また事故現場の写真を収集するヴォーンは「国際的にすべての交通システムへコンピューター技術を導入しようと目論む科学者」であり「テレビ司会者」という顔も持っています。執筆当時には影も形もなかったインターネットにつながるイメージが登場しているのにはあらためてビックリさせられます。さしずめ現代だったらハイヴィジョンカメラで記録した事故の瞬間を、ヴォーンはYouTubeにアップするんでしょうかね。
また衝突=クラッシュというキーワードは、否応なくあの貿易センタービルに衝突する旅客機の映像を誰しもフラッシュバックしてしまうでしょう。おまけに偶然にしてはあまりに出来すぎなんだけど、先に挙げた巽孝之さんの解説・・・もちろんこの原稿は出版準備中の1991年に書かれたものですが、その題名はなんと「同時多発への道はどれか」なのです。現実と虚構の多重衝突。過去と未来の濃厚なファック。発表から四十年近く経過した一篇の小説が色あせることなく、その後に起きたさまざまな出来事を通してむしろイメージの鮮やかさを増すような作品って、そう多くないはずです。*2
版元だったペヨトル工房の倒産で、長らく絶版状態でしたが、ちょうど昨年春に創元SF文庫から復刻され、映画も二年前にリマスター版のDVDが出ました。これからの連休中、持てあました時間にオススメしますよ。バラードのイマジネーションがどれほどに先取的で、どれほどエロいのか・・・ぜひ確かめてみてください。
で、ゴールデン・ウィークに遠出の予定がある人は恋人と車でイロイロしているときにクラッシュしないよう気をつけてくださいね!(わりと良い〆)



クラッシュ (創元SF文庫)

クラッシュ (創元SF文庫)

クラッシュ 《ヘア解禁ニューマスター版》 [DVD]

クラッシュ 《ヘア解禁ニューマスター版》 [DVD]

アカデミー賞で作品賞を取った方の「クラッシュ」と、まちがえないこと。あっちもたしかに良い映画ですけど、まったくエロくないです。で、商品のリンク先を見て、いま気づいたんですけど、ぼくが持ってるDVDは旧マスター版なので「ヘア解禁」じゃないんだなー。安くなった上に毛まで出てるんなら、買い直すしかないじゃないか! くっそー!


そして最後に。ここ数年、ガンとの激しい闘いに明け暮れたバラード先生の魂よ、どうか安らかにお眠りください。

*1:有名なハードコアポルノの女優(マリリン・チェンバース)を主役にしようが、ロック界でもっともエロい女性ミュージシャンであるデボラ・ハリーを出そうが、まったく下半身にこない映画ばかりを撮っていたクローネンバーグが、これだけソソる映画を撮れたのは奇跡的だし、キャスティングの勝利でもありましょう。特に女優陣・・・デボラ・アンガーロザンナ・アークェットは強烈。

*2:バラード自身もこの小説を脱稿した直後、交通事故を起こして愛車を大破させてしまった! また、クローネンバーグが監督したカーレース映画「ファイヤーボール」のヒロインは、クランクアップ後に交通事故死・・・。まさに、メタフィクション