書いてるウチに内容がこみいってきて、いっそ無かったことにしようか(全消去!)とも考えたのですが、気を取り直してがんばって書き終えたいと思います。

実は昨日のエントリーには、ぼくの中でマエフリ的なここ数日間のエピソードがありまして。
それはつまりこういうことでした。19の段階に分けて説明します。
1, 先週末、理由あって、蔵書を総点検していたところ、古い「レコードコレクターズ」誌のバックナンバーが本棚の奥からごっそり出てきて、ついつい読みふけってしまった。
2, そんな中、とりわけ熱心に読んだのが「フェラ・クティの全アルバム」という連載。
3, 深沢美樹さんという音楽評論家の方が1994年の四月号*1から翌年の三月号までの一年間をかけて、フェラの膨大なディスコグラフィーを全解説するという企画。
4, この連載時期、ぼくはちょうどDJ業をスタートさせたばかりで、財布の中身はほぼ新譜の12インチや7インチ(ハウス、ヒップホップ、オルタナティヴ・ロック、D'n'B、トリップホップなどなど)に吸われてた。ただ、ぼく自身の耳の変化で、D'n'Bやハウス・・・特にガラージというフィルタを通して、アフロ・ミュージックの聞こえ方が変わってきてたし、ビジュアル面でも根本敬さんのマンガともシンクロする強烈なアートワーク(左の画像参照)も含めて、ものすごく興味は惹かれてたわけ。
5, でも、オリジナル盤は気軽に手が出せるような値段ではなく、フェラの音楽は一曲で15分を超えるような長いものが多いので、当時出ていたベスト盤や2イン1のCDにもせいぜい三、四曲しか入ってなかったり。
6, インターネットにダイヤルアップ接続していた時代。YouTubeなんて陰もかたちもない。中古盤屋に行っても、購入目的以外の試聴なんておいそれと頼める雰囲気じゃない。
7, で、ひさしぶりにこの連載を読み直すことであらためて伝わってきた企画のすごみ・・・フェラ・クティのような、ディスコグラフィ&バイオグラフィに謎が多い、しかもアフリカ(ナイジェリア)を活動拠点にしているアーティストを数少ない資料だけで追っかけるなんてのは、実にとんでもないことだった。しかも「フェラ・クティの全アルバム」なんていう妥協を許さないタイトルを冠しているわけだから。深沢さんの仕事への敬意と、その原動力になっているフェラの音楽に対する興味が再燃してしまったわけです。
8, ここでようやくマエフリにくっつきます。
9, 坂本龍一B-2 Unit」に入っている「riot in lagos」という曲は、教授がフェラ・クティのレコードを研究し、アフロ・ミュージックのグルーヴを打ち込みでシミュレーションして出来た・・・、というのは中学の頃からの刷り込みエピソード。
10, じゃあ実際、それは具体的にどのレコードなんだろうか? という素朴な疑問。
11, そこでひさしく連絡を取っていなかった、アフロ&カリビアン系の音楽に造詣が深い、高校からの友人Aに突然メールしてみた。
12, すぐ返信。彼曰く「七〇年代中頃のインスト曲に近い雰囲気はあるけど、そのものズバリは思い当たらない」とのこと。で「参考までに手持ちのアナログ音源をデータ化してあるので、それを送ってやる」と、嬉しい申し出。
13, さっそく昨日メール便が届く。
14, DVD-Rに約3GB分のデータ・・・iTunes上で展開すると音源は約25時間分。
15, ということで、昨日は文字通り"丸一日"フェラ漬け。
16, 友人が指摘してくれた時期の曲を、まず集中して聴いてみたけれど、ぼくにも「riot〜」の直接的な下敷きになっている曲はわからなかった。
17, やはり七〇年代中頃以降の作品は面白いし、アートワークも手描きのイラストとかムチャクチャなコラージュが急に増えてて、最高だ。途中から元ネタ探しなんてゲスな聴き方はやめて、ひたすら彼の音楽に耳を傾けたわけですが、特に八〇年代からエイズで亡くなった九〇年代に至る作品は今まで一度も聴いてなかったし、フュージョンっぽい、軽いアプローチの曲さえ面白かった。
18, 政府当局に弾圧されたフェラは七四年に自宅を「カラクタ共和国」と名付けて、ナイジェリアからの独立を宣言したり、何度も警察に逮捕&収監されたりと、音楽だけに集中できてた時期とは言い難いんだけど・・・憤怒あるところに良音あり。*2
19, もちろん深沢さんへの敬意と、気前の良い友だちから破格のライブラリを提供されることのあいだには大きな矛盾があるわけですが、いただきっぱなしではなく、きちんと世の中へお役立てすることで赦していただきたいですネ。

で、最後に余談ですが、昨日貼った「B2-Unit」のジャケットとエル・リシツキーの作品、みたく、過去には「知る人ぞ知る」元ネタも、今や誰にでも検索一発で得ることが出来るわけで、サンプリングよりも、シミュレーションやパスティーシュ的な表現のほうにより多くの敬意が集まるようになったのはむべなること・・・なのかな。だからこそ天の邪鬼なぼくはデ・ラ・ソウルの「3 Feet〜」や「ポールズ・ブティック」のような音楽が愛おしくなるんですよね。
とりあえずアヴァランチーズよ、ガンバレ!

*1:初回が掲載されたこの号は奇しくもザッパの追悼号。つまりこっちはこっちで忙しく、サン・ラあたりにも色目を使っていたんで、まさにそれどころじゃなかった! ちなみにこの号のフラッシュ・ディスク・ランチの広告に「FLASH11周年謝恩福引〜特等レコード券11万円分」の当選者として、あの高宮永徹さんが登場しています。高宮さんの名前はこれで覚えました、ぼく。

*2:ちょうどこの週末に、個人的な憤怒を常に音楽へと変換し続けた清志郎が死去したわけで。そういえば、清志郎もたいそうモテた人ですけど、フェラ・クティは自分のバックコーラスの女性30人を全員妻にしてたらしいですから! でもこれはモテるってこととはちょっと違うのか(笑)。