1Q65

終始はにかんだ笑顔で、超が付くほどギターが上手くて、軽やかにカウボーイソングを歌う女の子。周りに座っている男性陣の目も釘付けです。1965年のジョニ・ミッチェルはまるでパラレル・ワールド=1Q65年に住んでいる、彼女に似て非なる人にさえ見えますね。
そしてぼくには「人目を惹くほど美人というほどでもない」けれど「物静かで落ち着いて」「自分の技術には確かな自身を持っているように見受けられ(以上"BOOK3"から引用)」る『1Q84』のヒロイン青豆さんの印象と22才のジョニの印象が重なるのでした。

で、皆さんはもうお買い求めになりましたよね? もちろん「1Q84 BOOK 3」のことですが。
Amazonからきっちり発売日に届いたので、その日のうちに読んでしまいました。
※未読、もしくは読みかけの人は畳んでおくのでこの先は読まないように!



1913年に出版されたプルーストの『失われた時を求めて』は、<当初3巻の予定がさらに長大化>し、最終的に第7巻が発表されたのはそれから13年後の1927年でした。これに倣うと『1Q84』の完結は2023年になっちゃう(笑)。まさかそんなことはないでしょうけど、三島由紀夫が挑んだ大長編『豊饒の海』が執筆期間5年の全四部作ですからね。もう一冊(BOOK4)は確実に出るんじゃないでしょうか?
で、ぼくが四部作の可能性から『豊饒の海』を連想したのは理由があり、つい先日、三島のインタビュー番組をテレビで見たばかりだったんですね。このインタビューで三島が語っている「大義」「死」の話から、その頃ちょうど読み返していた『1Q84』のなかで大義のために自死を覚悟した青豆と相通ずるものがあるなあ、なんてボンヤリ思っていて。『豊饒の海』は未読だった(正確には何度も挫折した)ので、ウィキペディアを紐解いてみると『豊饒の海』と『1Q84』には潜在するテーマがいくつか共通していた、と。
まずどちらも壮大なラブストーリーであるということ。夢と転生、主人公の<夢日記に符合する出来事が起き>る、能につきものの<シテ><ワキ>(パシーバとレシーバ?)や<囃子方>もちゃんと『1Q84』に出てくるし(ほうほう)。
あと<豊饒の海は月の海の一つである「Mare Foecunditatis」の訳語>だったり、第四巻「天人五衰」の構想段階のタイトルが「月蝕」だったり、なにかと<月>が重要なキーワードになってる...といった塩梅。じっくり読めばもっともっと見つかるかもしれないね。
最後の小説という共通項になってしまうのだけはご勘弁ですが(苦笑)とりあえず『豊饒の海』をちゃんと読まなきゃ。