SWEETEST DAY OF MAY

Twitterを使っていると、どんなメディアよりも先にTwitterでその情報を知るという機会も多いし(沢尻エリカの離婚情報なんてまさにそうでした)友達の友達が街で財布を失くして困ってるとか、ある災難によって緊急に援助を必要としている人がいるとか、より身近で切実な問題を知ることも多いわけです。
とはいえ、ひとつひとつの問題にいくら心を揺さぶられても、その揺さぶられ方には差がありますし、自分ができるサポートの限度を超えるようなこともままあって、無力感を覚えることもあります。他人の揺さぶられ方が強烈だと、フラっと引っ張られたりもするしね。
そしてその先に待ってるのは<麻痺>という状態であるのは間違いありません。
そんな麻痺状態から自分を守るためには、自分の理想と近い立場に軸を取ること…たとえそれが恒久的なものではなく、暫定的なものでも...しかないように思います。
たとえば先日ライヴを見させてもらった友人のミュージシャン(元Bophanaのヴォーカリスト)、Licaさんは、カンボジアの児童買春問題に関する呼び掛けと支援をごく自然にライブの中で行っていて、こういった運動との関わり方が(彼女の歌声同様に)とても素敵だなあと感心しました。
いわゆるチャリティライブとかメッセージソングにありがちな、そうした想いを直截歌詞に盛り込んで…ではなく、あくまで歌は歌として、会場である中目黒のカフェに集まったたくさんの人たちと、彼女の音楽を共有しながら、自分のルーツにしっかりと立脚した活動を手短に紹介する...無論、東南アジアの児童買春はシビアで、見過ごすことのできない非道な問題なのですが...彼女はヴォーカリストとしてだけでなく、自分自身の思いを伝える表現者としてとても立派だし、じつにチャーミングだなぁと感じ入った次第です。
価値観や考え方は日々いろいろな影響を受け、情報を得る事で変わっていきます。自分が信じることやサポートしたいと思える対象も変わることがあるでしょう。日本人はこういう変節に対してあまり寛容ではなく、どちらかというと弱点とみなして攻撃の対象にしたり、軽蔑したりする傾向が強いと思うのですが、河辺に悠然と佇む柳のようなしなやかさで受け流しつつ、他人を守り、自分を守ることの素晴らしさを信じていたいと思うのです。
じゃあ他人の紹介ばかりで、お前の立脚点はどうなんだと問われれば、答えに窮するのは情けないんですけど(苦笑)そういうテーマ探しを忘れず続けることも、運動未満のストレッチとして、青豆さんのように日々欠かさないよう心がけたいと思ってます。
ちょっと固い話題になりましたが、どうしても書いておきたかったので。