NHK教育ETV特集「もういちどつくりたい 〜テレビドキュメンタリスト木村栄文の世界〜」を見た。

6/03(土) 午後10:00〜11:30  NHK教育
出演者/木村栄文 立松和平 森達也

パーキンソン病と闘いながら、現場復帰を目指すドキュメンタリー作家・木村栄文氏(71)に密着、その半生を伝える。木村氏は70年代から次々と斬新なテレビ・ドキュメンタリーを発表し、一大旋風を巻き起こしたRKB毎日放送の元ディレクター。「ドキュメンタリーは創作だ」と言ってはばからない木村氏は、ドキュメンタリーにドラマの手法を取り入れた「苦海浄土」など毎年話題作を発表してきた。現実と虚構を交錯させながら、現代社会と人間の深奥に迫る独特の世界に、多くのドキュメンタリー作家が影響を受けた。そんな木村氏が11年前、パーキンソン病に襲われ、体が動かず、声も出なくなった。だが、木村氏のテレビへの思いはかえって募る。再び現場に復帰するため、木村氏は最新の治療を受けることを決意する。妻との闘病生活の中、再び新作に取り組む木村氏の日々を追い、時代を駆け抜けた1人のテレビマンの生きざまに迫る。

前向きでいられなくなったら、過去を振り向く権利がある。さまざまな思い出を糧にして、もういちど前へ進んでいくことができる。うまく書けないけど、そんなことをぼくは考えていました。

かのキルケゴールは著書「死に至る病」の中でこう言っています。

人間は有限性と無限性との、時間的なるものと永遠的となるものとの、自由と必然との、綜合である。


とても詩的だけど、難しい文章ですよね。で、ぼくなりにこれをかみ砕けば・・・ヒトが「今、ぼくは(わたしは)確かに生きているんだ!」と強く実感するのは、<限りがあるモノとないモノ><はかなく消えていくモノとずっと続いていくモノ><自由(偶然)と必然>のそれぞれが、ひとつに重なりあった時なのだ・・・と、いったところでしょうか。*1

木村さんが挑んでいる新作とは、今から六年前に失った自分の長女をテーマにしたテレビドキュメンタリー。
彼女の名前は優ちゃん・・・生まれながらに知的障害を持つ彼女を主人公にした「あいラブ優ちゃん」という作品をかつて1976年に制作し、ギャラクシー賞を受賞しています。彼は「その後の優ちゃん」をテーマにした続編を作ろうとしています。

エイブンさんが唯一家族を描いた作品がある。76年に発表した「あいラブ優ちゃん」だ。先天的な脳の障害をかかえる当時中学生だった長女優ちゃんの姿を一年にわたって追い、自らの目線で描いた。しかし、障害を抱える自分の娘を題材にしたことに世間では賛否両論が巻き起こった。そして優さんは5年前、脳梗塞で34歳の若さで他界する。本当に自分は娘の姿を描き得たのか、一抹の不安と娘を題材に賞を狙いに行った自己に対しての嫌悪が残った。復帰後の希求の思い、それは亡き娘の姿を等身大で見つめ直したいというものだった――。エイブンさんは再び優ちゃんのゆかりの人々をカメラで取材し始めた。(NHK/番組解説より)

番組の中で断片的に紹介された「あいラブ優ちゃん」を見れば、当時起こったという賛否両論の「否」が実に的はずれな批判だったことは一目瞭然です(なによりも優ちゃんという女の子はまるで天使のようなのです)。解説の中に書かれている「賞を狙いに行った自己に対しての嫌悪が残った」という部分は、番組の中であまり語れていなかったけれど、ぼくは彼が優ちゃんをテーマにもう一度作品を作ろうとしている理由は、ほかにあるような気がしてなりませんでした。

先ほど引いた「死に至る病」からの一文はこのように結ばれています。

こう考えただけでは、人間はいまだなんらの自己でもない。

彼は残りの人生をかけ、優ちゃんの存在、献身的に支えてくれた妻と子どもたち(次女と長男)への感謝、そしてなによりも愛するテレビドキュメンタリーを、自分の手で<総合>したいだけなんじゃないかと思います。だからこそ木村さんはもう一度、ドキュメンタリーの現場へと戻らなきゃならなかったんじゃないだろうか、と。
番組の最後で、彼が書いたメモをTVカメラは写し撮りました。「あとは見てのお楽しみ!」・・・木村さんは今も撮影に取り組んでいるそうです。*2

*1:それらが重なり合った時を「瞬間」と呼びます。瞬間の感じ方がその時の感情によって変化(長くなったり短くなったり)することを思い出してみてください。スポーツ選手がよく言ってる「時間が止まってるように感じた」っていうのも、そうかもしれません。なぜならば永遠性は時間制と共に、瞬間の中に含まれているからです。

*2:同じく「死に至る病」の有名な一文に「絶望とは死にいたる病である。自己の内なるこの病は、永遠に死ぬことであり、死ぬべくして死ねないことである。それは死を死ぬことである」というのもあります。生きることは希望そのものなのだ!