ツイン・ピークス The Return 観察日記(序章)

 なにはともあれめでたいのである。

 デヴィッド・リンチ降板騒動 なんて事件がのっけから起きて、一時はどうなることかと思っていた。しかも、全9エピソードと事前に伝えられていたはずが、どさくさにまぎれて全18エピソードに倍増することになったという。そして、新作はあっさり完成していたのだ。

1 2015年4月5日、リンチはTwitter上で「1年4か月という長期間の交渉の末、脚本のために自分が望んでいた金額が提示されなかったため、今度の『ツイン・ピークス』から手を引くことにした」と発表。

 出演予定だったキャストたちが揃って続投を要望する声明を出し、翌月にリンチは制作続行を宣言。撮影が無事開始された。

 最近流行りのリ・イマジネーションとかスピンオフではなく、正式な第3シーズンとして制作された。番組名もシンプルに『Twin Peaks』だ。もちろん正式な続編だから、オリジナル版に出演していたキャストがほとんど再招集されている。

2 日本ではWOWOWで『ツイン・ピークス The Return』というタイトルで放送された。

 リンチや共同制作者のマーク・フロストの気合いも只事ではなく、事前にシリーズすべての台本を書き上げてしまい、撮影もすでに済ませたという。このへんの段取りの良さには、明らかに前作の轍を踏まぬように……という彼らの反省が生かされている。

 1990年から1991年にかけて放送されていたオリジナル『ツイン・ピークス』のことも思いかえしてみたい。まず『序章』と呼ばれている二時間のパイロット版が、全米で放送されるやいなや大反響となり、TVシリーズは華々しくスタートした。しかし、リンチが映画『ワイルド・アット・ハート』の撮影に入って、ドアタマから不在 。たとえば第1話は『ブルー・ベルベット』や『ワイルド・アット・ハート』の編集担当で、監督経験はゼロのデュウェイン・ダンハムに演出をやらせている。

 脚本も当時はまだ新人で(その後も『ツイン・ピークス』以上の仕事は残していない)ハーレイ・ペイトン、ロバート・エンゲルス……といった面々に任せている。結局、シーズン1に関して言えば、リンチが監督してるのはたったの2本だけ 3

2 第2話と第8話。どちらも傑作。

また、映画並みの予算でロケを敢行した『序章』と違い、予算やスケジュールの関係から、ロサンゼルス周辺で撮影された。

そんな苦労がありつつも、世界中に『ツイン・ピークス』旋風が巻き起こり、その後のテレビドラマや映画界に与えた影響の大きさといったら、SF映画における『スターウォーズ』に匹敵すると言っていいと思う。

これはリンチとフロストが創造した世界観、奇妙で魅力的なキャラクターたち、アンジェロ・バダラメンティのミスティークなサウンドトラックなどが、いかに素晴らしかったか……という証拠である。

それゆえに、今回ぼくがもっとも心配したのは、オリジナルがあまりにも神話化しすぎていて、復活版3部作の『スターウォーズ』でジョージ・ルーカスがやらかしたようなことをリンチがやってしまわないか……ってことだった。

実際、オリジナルシーズンが迷走しはじめた時、いかに瞑想の得意なリンチとて、対処療法は功を奏さなかった。

それならば……と、ドラマ終了後に作った映画『ローラ・パーマー最期の7日間』も、デヴィッド・ボウイの怪演が印象に残ったくらいで、「見なきゃよかった……」と打ちひしがれつつ帰宅したトラウマが長年消えていなかった。

そんなわけで、リンチやフロストとしては多少面倒でも、事前に考えうる障害は取り除いてから始めたかったのだろう。

最初に書いたが、撮影は昨年すでに終了している。撮りためた140時間にも及ぶ素材を、18時間という長大な一本の映像作品にまとめ、それを18個のパートに切り分けて放送する……というイメージなのだそうだ。

当初9本のエピソードで構成されるはずだったのが、倍の18本作られることになったのも、同じように予算をかけるなら、本数が増えたほうが誰にとっても得なわけで、降板騒動の時に、より前向きな交渉が為されたのかもしれない。

これなら、作っている途中で視聴率を気にしたり、SNSでああだこうだ文句を言われないというメリットがある。しかし、反響が悪くても撮り直しが効かないという意味では、前回以上のギャンブルと言える。ちなみに25年前は、アメリカ三大ネットワークのひとつであるABCが放送した。今回はケーブル局のShowtimeだ。社長のデヴィッド・ネヴィンスは新作の全エピソードを見て、「デヴィッド・リンチ版の純度100%のヘロイン」というコメントを出している。

リンチ印のオーガニックコーヒーならいざ知らず、リンチ印のヘロインは手を出すのにちょっと勇気が必要だ。おまけにリンチは2006年の『インランド・エンパイア』以降、11年間も長編映画を作っていない。もちろん、その間も隠遁していたわけではなく、デュラン・デュランのライブフィルムを撮ったり、音楽アルバムを出したり、娘とともに運営しているデヴィッド・リンチ財団を率いて、瞑想の普及活動をしたり、音楽とアートを融合したフェスティバル〈Festival of Disruption〉を開催したりと精力的に動いてきた。

映画監督を引退するなんて噂も出てるけれど、そんな思い切った発言が飛び出すほど、今回の撮影が充実していたのだと信じたい。

さて、この文章を書いている時点で、ぼくは第1話から第4話までを視聴済み。第1話がWOWOWで放送されたのは7月1日。翌7月2日に第1話から第4話までが先行放送されたのをイッキ見した。だが、次の第5話が見られるのは、最速で8月19日。

まだ一ヶ月以上も先の話だ。

来月放送される第5話までに第1話から順に書いていくことにし、その頃までにきっと4話分は完了すると思う。それ以降は各エピソードの放送後、翌週の放送までに1話分ずつ書いていく、というルールにするつもり。

ぼくはリンチが大好きだけど、リンチマニアではない。もちろん関係者でも友人でもない。裏話や知られざるエピソードなんて書けるわけがない。だからいつものように、本筋を追いながら頭に浮かんだ余談に次ぐ余談を書き留めていくことになる。

ということで、これから最後までお付き合いよろしく。

オリジナル更新日:2017年7月5日