THINK TWICE 20210103-20210109

1月3日(日) LET'S GET PHYSICAL

ソーシャル・ディスタンス(=社会的距離)をフィジカル・ディスタンス(=身体的距離)と言い換えよう───という呼びかけがされているけれど、もちろんまったく定着していません。でも、ソーシャル・ディスタンスという言葉自体はけっこう好きで、いろんなイメージが膨らむ言葉だな、と思っています。

防疫の観点から見れば、一定のフィジカル・ディスタンスをとることが大切ですが、個人と社会の距離=ソーシャル・ディスタンスはけっして一定でなくてもよいですよね。たとえば、自家用車を所有すると、行動範囲は広がるけど、車両を維持するためのさまざまな出費、他者の安全や生命を脅かさないための責任が生じます。ぼくは免許も自家用車も持たない人間なので、移動は徒歩か自転車か公共交通機関(友人の車の助手席も含む)を選ぶしかありません。

移動の最中も、自分が足に込める力加減と集中力さえ保っておけば基本的には十分です。加害者になるよりも被害者になる可能性のほうが高く、社会とぼくの距離(ソーシャル・ディスタンス)は車を運転する人よりもそのぶん離れます。また税金、駐車場代、燃料代など、車にかかる諸費用を捻出するために、毎月一週間分くらいの賃金が消えているとして、ぼくは車を持たない分だけ、その時間や労力をベッドで寝て過ごしたり、Netflixで映画を見たり、本をもう2、3冊余分に読むことに宛てられます。

ぼくのような人間には、本物のガソリンより、そういった文化的な《ガソリン》が必要で、遠くの《場所》まで誘ってくれる大事な動力源なのです。もちろん車があれば、ガールフレンドを誘って、海辺とか山奥の小洒落たレストランまでドライブができるんだろうけど、それはもう一生《距離》が詰められないものとして諦めることにしています(笑)。

1月4日(月) ポストコ

コロナを機に多くの人々が周りを見渡して、自分たちを支えているのは政府ではなく、地元で頑張って活動をしている人たちやエッセンシャルワーカーだったりすることに気づいた。みんな薄給でがんばっている。大金を稼いでいる人たちは何の役にも立っていない。銀行家や政治家や、従業員の460倍の給料をもらっている企業の社長といった人たちを我々は必要としているわけじゃない。本当に必要なのは医者や看護師、地元のヘルパーや介護施設を運営する世界中の女性たちだ。

https://rollingstonejapan.com/articles/detail/35164

イーノはいつもすごイーノ。


1月6日(火) パヴァーヌ

最近あらためてハマってるエヴァ……もちろんエヴァンゲリヲンではなく、ビル・エヴァンスについて一席。

ビル・エヴァンスは母親がロシア系の移民です。青年期にはスクリャービンラフマニノフといったロシアの音楽家たちから強い影響を受け、プロの演奏家になったあとはロシアへの演奏旅行をたびたび熱望していたけれど、最初のチャンスはドラッグがらみの健康問題でふいにし、二度目のチャンスを自分自身の死によって失いました。冷戦は終わっておらず、現在のように隣町へ遊びに行くような感覚で訪れることは難しいにせよ、北欧まではしょっちゅう演奏に行ってたわけで、ついでに足を伸ばすこともできた気がするんですよね。行きたくても行けない場所/行けなかった場所って、誰の人生にも存在すると思うし、だからこそ、なにか別の、永遠に語られることのなかった理由をついつい想像してしまいます。

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https://open.spotify.com/album/3toqiG2gR2YkfoHD4d5yDv

クラウス・オガーマンの流麗なオーケストレーションと共に、スクリャービングラナドス、バッハ、ショパンフォーレといったクラシックの作曲家の音楽を演奏した『ビル・エヴァンス・トリオ・ウィズ・シンフォニー・オーケストラ』。ぼくはこのアルバムを25年探し続けて、ようやく今年、手に入れました。

このアルバムを知ったのは、坂本龍一さんのラジオ番組「サウンドストリート」にデイヴィッド・シルヴィアンがゲスト出演したとき、この作品に収録されている「パヴァーヌ」を愛聴曲としてデイヴィッドが紹介したからです。1984年のことで、当時ぼくは15歳でした。徐々に市民権を得ていたヒップホップ、プリンスやマイケル、ニューウェイヴなんかを左耳で聴きつつ、教授の影響で現代音楽や後期ロマン派、フランスの印象主義───つまりラベルやドビュッシーを右耳で聴くような子供でした。だからビルの弾く「パヴァーヌ」にもビビッときてしまったんですよ、イッチョマエに。今と違って、ラジオで偶然かかるとか、図書館で貸し出しているレコードを聴くくらいしかできなかったんですけどね。

ずいぶん後でわかったことだけど、この『ビル・エヴァンス・トリオ・ウィズ・シンフォニー・オーケストラ』は、正統的なエヴァンス・ファンにはいわゆる《イージー・リスニング》として軽く扱われていて、値段はそんなに高くないけど、あまり見かけないという───つまり、入手が一番めんどくさいタイプのレコードでした。CDは何年か前に廉価版(1,000円)でリリースされており、今じゃプレミアがそれにも付いています。で、実はぼくもオリジナル盤ではなく、エヴァンスの18枚組CD-BOX『The Complete Bill Evans On Verve』の収録作品として手にいれたにすぎません。

オリジナル盤はこれからものんびり探すつもりです。もしお値頃な価格でこのレコードを見かけた方はご一報……は入れなくていいので、ご自分でぜひ購入して聴いてみてください。


1月6日(水) シン・エヴァ

実は昨日の文章の正体、約10年前に自分が書いたコラムでした。

https://akiramizumoto.hatenablog.com/entry/20101020/p1

たまたま昨日iTunesに取り込んである『ビル・エヴァンス・トリオ・ウィズ・シンフォニー・オーケストラ』を聴いていて、ふとアルバムについて調べてみたら、自分の書いた記事が検索で引っかかったというわけ。

読み返してもなかなかおもしろかったので、少しブラッシュアップして再掲載してみたのですが、いかがだったでしょう。

この10年のあいだに、いろんな形でCDは再発され、1,000円もしないで手に入るようになったうえ、各種サブスクにも入っています。1966年に出たオリジナルアナログもよほど特殊な国のプレスとか、特別なマトリックスのものは5桁を超えますが、そうでなければ、相変わらず手頃な値段(3,000円以下)で買えるようになってます。と言いつつ、直接まだお店で出会ったことはなくて、未だに手に入れていないんですけどね。


1月7日(木) 何度目のTENETか

買ってしまいました───4K ULTRA HD&ブルーレイセット+ブックレット付。IMAXで3回鑑賞し、高価なメイキング本も手に入れて───クリストファー・ノーランに頭くらいナデナデしてほしいな。で、今回は劇場公開時にはなかった日本語吹き替えヴァージョンで観ました。展開がすべて頭に入っていることもあって、2時間半の映画が1時間くらいに感じます。

高水裕一『時間は逆戻りするのか』(講談社ブルーバックス)のなかに、量子重力理論の提唱者、ロヴェッリのこんな言葉が紹介されていました。

《(時間とは)事象と事象を脳が勝手に、一連の連続的な流れで解釈しようとする錯覚から生まれているのではないか》

未知の場所に向かっているとき、行く道は長く感じるのに帰り道はあっという間とか、退屈な授業は時計がいつまでも進まないとか、誰しも経験があると思いますが、それと同じように、映画のなかの事象と事象が連続的な流れとしてすでに何度も脳内で経験してるので、時間は思った以上に縮んで、早く進んでしまうということなんでしょうね。

https://amzn.to/2MJ7f1q


1月8日(金) Call Me by Your Name

ルカ・グァダニーノの『君の名前で僕を呼んで』を今更ながら観ました(テヘペロ)。アナログフィルムでの撮影、彩度を抑えた色味、構図、ゆったりした視点移動───に素敵でした。撮影監督は『サスペリア』と同じ、タイ人のサヨムプー・ムックディプロームです。

特に印象に残ったのはラスト前のソファのシーン。

アメリカから来た大学院生オリヴァーとの短い恋を終えたエリオ(ティモシー・シャラメ)を、父親(ホアキン・フェニックスに顔がそっくりな『シンプルマン』のマイケル・スタールバーグ)が静かに慰める素晴らしいシーンがありまして、まだ17歳の息子にアドバイスを送るんだけど、そこには自分自身の後悔の念───つまり、いつまでも若々しいと思っていても、それは自分だけで、若さゆえの特権を享受できる季節というものはあっという間に終わってしまう。だからこそ失恋で傷んだ心さえ、あとにして思えばとても大事で、削りとらず、これからもちゃんと抱えていきなさい───と自分自身に言い聞かせるように語るんですね。その言葉で、なんとなくオリヴァー的な立場で若ぶって映画を観ていたぼくは、脳天から水を浴びせかけられたような気分になった次第です。

ちなみに、ルカ・グァダニーノが製作総指揮、フェルディナンド・シト・フィロマリーノ(ルカの元恋人)が監督し、サヨムプーが撮影監督を務める『Born to Be Murdered』改め『Beckett』が完成間近とか。なんと主演は『テネット』のジョン・デイヴィッド・ワシントン! あたかもぼくのための映画です。公開はNetflixで、今年夏予定。楽しみでしかない。

https://youtu.be/ljEnU1Ctoks

タイ映画ではじめてパルムドールを受賞した『ブンミおじさんの森』のほか、日本でも話題になった『アタック・ナンバーハーフ』も撮影している信頼と実績の人、サヨムプー。『アタック〜』も俄然観たくなった。

そのあと『レイニー・デイ・イン・ニューヨーク』も観ました。いわゆる、シャラメ祭り。物語のきっかけになる、ローランド・ポラードという気難しくて、ナイーヴで芸術家肌の映画監督を、あのリーヴ・シュレイバーが演じてたのが最後まですごく違和感あったんだけど、みんな気にならなかったのかな。

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ぼくの中の彼のイメージはこれなので(X-MENに出てくるセイバートゥースというキャラクターです)。

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もしくはこれ。


1月9日(土) Everything Happens To Me

『レイニー・デイ・イン・ニューヨーク』のなかで、ティモシー・シャラメ演じる主人公のギャツビーがピアノで弾き語りするのは、1940年に作詞トム・アデール、作曲マット・デニスが書いたスタンダードナンバー「Everything Happens To Me」です。

もともとはフランク・シナトラのために書かれたのですが、本家以上に有名なのはチェット・ベイカーのヴァージョンでしょう。ティモシーもチェットを意識して歌っていました。

せっかくなので、歌詞を訳してみます。

ぼくがゴルフの予定を入れたら
賭けてもいいよ 絶対に雨になるから
パーティを開こうとしたら
上階の奴に怒鳴られる始末さ
風邪を引くとか 電車に乗り遅れるくらい
ぼくの人生じゃまだマシさ
ぼくにはどんなことだって起こりうるんだよ

やりのこしたことなんかないよ
麻疹とかおたふく風邪も経験ずみ
ぼくがエースで勝負したとて
相手はいつだって切り札を出す
ただの馬鹿なのかもしれないな
ジャンプする前にちゃんと見てないのさ
ぼくにはどんなことだって起こりうるんだよ

最初はぼくも夢見ていたんだ
君ならこのジンクスを断ち切ってくれるって
愛のパワーで奇跡が起こり
この絶望に終止符を打ってくれるんじゃないか、と
結局のところ 頭を冷やすしかないのかもな
そんな妄想を抵当にしたってうまくいかないものね

電報も打ったし 電話もかけた
特別なエアメールでも出してみたけれど
君からの返事は「さようなら」のひとこと
しかも切手は料金不足というオマケ付き
恋に落ちたのは一回こっきり
それが君だったんだけどな
ぼくにはどんなことだって起こりうるんだ

ギャツビー君はここまで不運じゃなかったけど、これを歌いたくなっても仕方ない出来事が次から次に起こります。

https://www.youtube.com/watch?v=IBlLaWZEYy8

うまくしたもんで「Everything Happens To Me」は、ビル・エヴァンスもカヴァーしています。収録アルバムは『TRIO 64』。ベースのゲイリー・ピーコックが唯一参加していることで知られている名盤です。

1963年12月18日、ニューヨークのイースト・ヴィレッジにあった《ウェブスター・ホール》1 で収録され、クリスマスも近かったことから「サンタが町にやってくる」も演奏しています。

ひょっとしてと思って、録音日のニューヨークの天気を調べてみたのですが、雨ではなく、終日くもり空でした。残念。

https://www.wunderground.com/history/daily/us/ny/new-york-city/KLGA/date/1963-12-18

1  1920年代にアル・カポネが所有していたという由緒あるナイトクラブで、当時はスコット&ゼルダフィッツジェラルドも足繁く通っていました(お、ギャツビーという主人公の名前と繋がった)。

そして、1953年にRCAレコードがここを買い取って、レコーディング・スタジオに改装。エルヴィス・プレスリーがかの有名な「ハウンド・ドッグ」を録音した場所としても知られています。

1980年にはジェリー・ブラントというプロモーターの手に渡り、ナイトクラブに再改装され、その名も《RITZ》として開業。初期のビースティー・ボーイズやマドンナ、U2やスティング、クラプトンなど名だたるミュージシャンが出演しています。1989年に場所を移転し、現在はまた《ウェブスター・ホール》に名前を戻して、営業を続けています。