ツイン・ピークス The Return 観察日記(第18話・最終回)

 結論から先に書けば、見事な最終回だった、とぼくは思っている。リンチとフロストはクーパーとローラを巡る物語をひとつの……いや、永遠に続く壮大な輪(∞)として示すことに成功した。未来永劫残っていくであろう神話としてのツイン・ピークス。その壮大なる物語を完結させたということである。

 それでは最終回もいつものようにシーンごと振り返ってみよう。

●赤い部屋

 黒クーパーが椅子に腰掛けたまま、黒煙を吹き上げながら燃えている。
ダイアンのように頭だけ燃えるパターンもあれば、ダギーのように徐々に萎むパターンなど、彼らの消え方にはさまざまなバリエーションがあるようだ。

 クーパーから託された髪の毛と〈種〉を片腕の男マイクが指先でくにくにしながら「電気〜〜〜(Electricit—-y)」と唱えると、新生ダギーが誕生。髪型、顔つき、服装、性格のいずれもクーパー寄りだ。グリーンのジャケットを着ていたダサめのダギーではない。でも生まれて早々「ぼくはどこにいるんだい?」なんてかわいいことを言ってるから、以前からの記憶は引き継がれていない様子。

 ───ここでぼくはひとつの仮説に思い当たる。

 黒クーパーもまた、25年前にマイクが〈種〉から創りだした存在だった、と仮定してみよう。
 旧シリーズの最終回でクーパーは赤い部屋に囚われた。そして現実世界におけるクーパーの不在を埋めるために、分身(アバター)として作られたのが黒クーパーというわけだ。だが、その役目を果たす前にジュディに乗っ取られてしまって、ボブを格納する〈容器〉として利用されることになった。
 黒クーパーはボブにコントロールされて、悪事に手を染めながら、25年後に正しい座標への情報を入手した。そして自分が本来あるべき姿に戻って、赤い部屋へ帰還(=Returns)しようと試みたのではないだろうか?

 この解釈が正しければ、消防士によって〈渦〉から吸い上げられた黒クーパーが保安官事務所にもう一度戻ったことも辻褄が合う。

 つまり、消防士がクーパーに託した〈2羽の鳥とひとつの石〉という言葉は、黒クーパーが赤い部屋に帰還してめでたく成仏することと、ボブを抹殺するというふたつのミッションを、フレディの拳(=石)によって一度に果たせ(一石二鳥)───というメッセージだったのではないか?

 第14話のグレート・ノーザン・ホテルの裏庭のシーンを思い出そう。フレディとジェームズが会話するシーンだ。フレディは消防士によって、自分の右の拳にパワーが宿った顛末をジェームズに語った。その直後、地下(ボイラー室の扉の前)に行ったジェームズは例の不思議な音を聞く。そしてふたりはロードハウスに繰り出して、ジェームズがモーションをかけていた人妻の旦那たちとトラブルを起こす。で、彼らをブチのめし、牢屋へ入れられた。檻の中で二人は黒クーパーが到着するのを待つことになった。あまりに首尾よくいきすぎている。

アンディの行動も振り返ってみよう。ジャック・ラビット・パレス近くで発生した〈渦〉を通って、消防士のもとに送り込まれたアンディ。さまざまなビジョンを彼から見せられる。これはつまり黒クーパーの回収とボブを倒す「一石二鳥作戦」の最終的な段取りを消防士から教え込まれたのだ。

 その証拠に、駐車場に立っていた黒クーパーに声をかけられ、オフィスに誘ったのもアンディだ。クーパーから電話があることをルーシーに「重要だ!」と叫んで印象づけたのもアンディある。悪党のチャドを手錠で拘束し、Naidoやフレディ、ジェームズたちをフランクのオフィスに連れていったのもアンディで、保安官事務所に駆けつけたクーパーたちを玄関で出迎えたのもアンディである───彼はこの役目をすべてひとりで担った。

 そもそもルーシーが引き金を引いたにせよ、あんな至近距離で黒クーパーが狙いを外し、フランクの帽子だけ弾き飛ばすというのは考えにくい。黒クーパーは初めからフランクを殺す気など毛頭無かったのではないか?
 第一、黒クーパーはダイアンのようにピストルで撃たれたくらいじゃ〈赤い部屋〉には戻ってこられない。黒クーパーが傷つけば、宿主のボブを守ろうとするウッドマンが現れて〈容器〉である黒クーパーをあっという間に修復してしまうからだ。

 第3話も思い出してほしい。黒クーパーは午後2時53分に強烈なめまいと吐き気に襲われ、乗っていたリンカーンごと横転した。しかし、彼は九死に一生を得る。フロントガラス越しに一瞬、赤い部屋のカーテンのヴィジョンが見えたが、すぐに消滅してしまった。

 このシーンを初見の段階でぼくはこう解釈していた。

 赤い部屋に連れ戻されようとしている黒クーパーはなんとか必死に抵抗した。その結果、激しいめまいと嘔吐に襲われて、運転不能になり、クラッシュ。だが、結果的に赤い部屋には召喚されずに済み、現世に留まることができた。

 これをさっきの仮説をもとに読み解きなおすとどうなるか───。

 黒クーパーは2時53分のタイミングで車もろとも路肩の壁面に激突するか、崖下に転落しようとした。つまりボブ・オーブとともに自分を葬り去ろうとしたのだ。しかし、彼の宿主であるボブやジュディは黒クーパーの決死の試みを阻止するため、彼の体内で暴れだした。結局〈自殺〉は未遂に終わる。だから赤い部屋は目の前に現れただけですぐ消えてしまったのだ。
 いっぽう黒クーパーの身代わりとして赤い部屋へ回収されるはずだったダギーは本来の予定どおり向こうに戻った。それゆえ赤い部屋に帰還したダギーにマイクがこう言ったのだ。

 「誰かが君を何かの目的のために作り、それが達成されたので、君はここに戻ってきた」

 そういうわけで───赤い部屋に帰還するという目的を果たすには、まず自分が死んだあとで体内にあるボブのオーブを完全に破壊する……という手段しか無いことを、黒クーパーはあらためて認識した(実際、そのあとレイに撃たれたけれどウッドマンが修復し、赤い部屋に戻れなかった)。

 ボブやジュディ、黒クーパーが赤い部屋に戻ることを望んでいない。だが、黒クーパーは最終的に〈座標〉を手に入れた。そして座標で示された〈渦〉を通り、消防士に会い、自分とボブを同時に抹殺してくれる人間=フレディがいる場所へ送り込んでもらうことに成功

 そのあと、ラスヴェガスの病院でマイクからフクロウの指輪を預かったクーパーが、死んだ黒クーパーの指にそれを嵌めて、無事、赤い部屋へ戻ることができた。

 ───以上が第1話の冒頭で、消防士がクーパーに教えた〈一石二鳥〉の真意だったのでは?

 ぼくが黒クーパーを〈悪玉〉と見なさなくなった理由は他にもある。

 彼が殺した人物を思い出してみよう。
 ビル校長の妻フィリス。校長の秘書の車に爆薬を仕掛けたジャック。情報屋のレイ&ダーリャ。腕相撲好きのギャングの親玉レンゾ。そして最低男リチャード・ホーン。あとマーフィー所長、ロレインラスヴェガストッドとロジャーシャンタル&ハッチ夫妻ダギーの車をパクろうとして死んだチンピラ数人もカウントに入れよう。

 どいつもこいつも殺される理由がある連中ばかりなのだ。クーパーがダギーになりかわって周囲の人たちに幸せをふるまっている間に、黒クーパーはせっせとゴミ掃除をしていた……そんなふうに解釈することもできる。

 そもそも黒クーパーというキャラクターが登場して以来、ずっと抱いてきた違和感があった。
 それはリンチやフロストが、善/悪という単純な二元論のなかに、主人公のクーパーを落としこむ理由がよくわからなかったのだ。  

 だが、ぼくが説明した見立てが正しければ、少なくともその二元論からはクーパーというキャラクターを解放できる。

 ルックスこそ激変してしまったけれど、黒クーパーも彼なりにボブたちを葬ろうとしていたのだ。肌が黒かろうが白かろうが、クーパーはクーパーなのである。彼らは敵対していたのではなく「協力」していたのだ。

 この仮説が正解かどうかはわからないが、少なくともそういう視点でこの新作をいまいちど第1話から見直してみるのもおもしろいだろう。

●ダギーの家

 玄関でチャイムが鳴る。ナオミ・ワッツが赤いドアを開ける。そこに立っていたのはもちろんダギーナオミ・ワッツと息子のサニージムに抱きつかれたダギーはひとこと「家(Home)」

 もちろん普通に考えれば、クーパーの指示通りにマイクが作成した〈新しい分身〉が自宅に帰ってきた感動のシーン……という解釈でいい。

 でも、ここで注意したいのはナオミの反応と服装だ。愛する旦那の姿がしばらく消えていたわりに、呼び鈴にこたえるナオミ・ワッツの声が妙に明るい。また、ピンクのカーディガンに白のシャツ、タイト目のジーンズは、第4話でジャックポットの大当たりを出し、深夜にカジノから帰宅したダギーを出迎えた時と同じだ。つまり、マイクが新しいダギーを送りかえしたのはその日の昼間───つまりジェイドと別れた直後の時間帯なのではないだろうか?

 彼が不在だったのは浮気相手とのアバンチュールの時間だけ。ミッチャム兄弟ともキャンディーズとも、大金とも高級車ともジャングルジムともフィンガーサンドウィッチとも関わりのない世界。そうすると借金も帳消しになってない可能性があるので少し心配だが、クーパーの能力が正しく備わっているなら大丈夫だ

●1989年2月23日のツイン・ピークスの森(グラストンベリー・グローヴ)

 前回のリプレイが挿入される。レオ・ジョンソンの元へ向かっていたローラを救出して、自宅に連れ帰ろうとしていたクーパー。しかし、途中で邪魔が入って(セーラの仕業?)、ローラは大絶叫を残して姿を消す。とまどいの表情を浮かべるクーパー。

●赤い部屋

 クーパーは赤い部屋で片腕の男と対峙している。

 「これは未来か? それとも過去か?」 とマイクは問う。

 第2話に出てきたシーンの再現だ。すぐに答えられないクーパー。クーパーの胸にはFBIの記章。クーパーの前から姿を消したかと思うと、部屋の隅で手招きしているマイク。彼に|誘われて<<いざな>>、ジャガイモ頭のシカモアの木=〈腕〉のもとへ進んでいく。

〈腕〉はクーパーに問う。

 「Is it the story of the little girl who lived down the lane?(それは通りのそばに住んでいた少女の物語なのか?)」

 クーパーは答えない。

 ふたたび赤い部屋の椅子。ローラがクーパーに何かを耳打ちする。驚きの声を上げるクーパー。そしてまた絶叫しながら飛びあがって、どこかに消えてしまうローラ。

 クーパーは次の部屋へ。リーランドが座っている。

 「Find Laura…(ローラを捜せ)」

 赤いカーテンの通路へ向かうクーパー。以前、ここを通ってた時はどうしていいかわからず、マゴマゴしているところを〈腕〉に発見され「非!存!在!(non-exist-ent!)」とドヤしつけられた。そして流浪の旅に出る羽目になる。そのときに比べてこのクーパーはずいぶん馴れた様子に見える。歩きながら右手を上げて動かすと一枚のカーテンがはためく。第2話で〈腕〉に「Go Now(行け!)」と追い立てられ、カーテンの通路へ向かったとき、一箇所だけ入れない場所があった。おそらくそこが開いたのだろう。

 カーテンの奥。たくさんのシカモアの木と、地面に〈輪〉のある場所に出る。そこにダイアンが立っていた。赤い髪、白黒のマニキュアが交互に塗り分けられ、襟元の大きく開いた黒のカットソーを着ている。

 これらが意味することは、何か。

赤い髪=赤いカーテン
白黒のマニキュア=白黒の床
黒のカットソー=闇

 つまりダイアンは〈赤い部屋〉の化身なのだ。

 「あなたなの? 本当にあなた?」 とダイアンが尋ねる。
 「そうだよ、わたしだ、ダイアン」 クーパーが微笑を浮かべて答える。
 ダイアンもクーパーの頬に触れ、笑顔を浮かべるが、彼女は〈赤い部屋〉の化身だけに動きがちゃんと逆回転だ。
 「君はダイアンか?」
 「ええ、そうよ」

 こういう推測ができる。

 〈赤い部屋〉の化身であるダイアンは20年以上前からブルー・ローズ事件の解決を試みるゴードンをサポートするため〈種〉から作りだされ、FBIに送り込まれていた。

 だから彼女の正体をゴードンは知っていたのかもしれない(その証拠にダイアンがメイフェア・ホテルの部屋に乗り込んでくることをゴードンは知っていた)。アンディ同様、消防士がいずれかのタイミングでゴードンとコンタクトし、指示を出していたのかも。

 そういえばゴードンはビル校長がブリッグスと出会った場所にできた〈渦〉のなかに自ら飛び込もうとしていたっけ。

 余談だが、第1話や第2話に出てくるニューヨークの箱のある部屋。あそこもゴードンが〈ブルー・ローズ〉事件や〈Experiment〉に迫るため、秘密裏に設置した場所だ、とぼくは考えている。

 第3話でタミーがゴードンとアルバートにバカップルの死を報告するシーンがあった。そのときタミーはブルー・ローズの存在をまったく知らなかった。ブルー・ローズに関して、ゴードンは相当慎重に捜査しているから、タミーはおろか、アルバートにさえ教えていない部屋だったのかもしれない。

 クーパーは以前から〈ブルー・ローズ〉についてゴードンと調べていた。クーパーはあの場所を知っていた可能性がある。だから、ひそかに訪れることができたのだ(ダライ・ラマ風の僧侶と黒クーパーのツーショットが監視カメラに写っていた)。

 ───さて、話を戻そう。

 今回、赤い髪のダイアン……つまり〈赤い部屋〉の分身であり〈公式ヴァージョン〉であるダイアンとクーパーはこのとき初めて出会った。FBIで働いていた銀髪のダイアンとまったく雰囲気が違っていたので、クーパーは思わず「君はダイアンか?」と尋ね返してしまったのだろう。

 クーパーのドッペルゲンガー同士は双子のようにそっくりなのに、Naidoとダイアンの見た目が違うのはどうしてなのか不思議だった。
 しかし、もともと〈赤い部屋〉という非実在が〈本体〉なので、どんな見た目になっていてもかまわないのだ。だからある時は目が縫い合わされた東洋人Naido、またある時はおかっぱ頭のダイアンというふうに、見た目が異なっていてもおかしくないわけだ。

●どこかの道

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 荒涼とした土地の真ん中をまっすぐ伸びた一本道。以前、第2話と第3話で黒クーパーが〈自殺〉を試みたサウスダコタの道と様子が似ている。走行する車の中にはクーパーとダイアン。乗っているのはやけに古ぼけた車。よく見るとダイアンが着ているのはカットソーではなく、袖口に凝った切り返しのついた半袖のサマーニットだ。

 やがて無数の巨大な鉄塔が立ち並んでいるエリアにさしかかる。

 「ほんとにやる気なのね」
  ダイアンは少し心配そうな顔。
 「そのせいでどうなるのか……」
 「覚悟してるよ。もうじき着くぞ。感じるんだ」

 ふたりの載った車がなにかのポイントに近づく。

 「走行距離はほぼ430マイル(=692km)」

 クーパーはきっかり430マイルの地点で車を停める。
 ダイアンは「よく考えてね……」と言う。
 ダイアンはクーパーを止めたそうにしているが、振り切るように彼は車外へ出る。

 頭上の太い送電線がビリビリと鳴っている。腕時計をチェックし、大きく深呼吸するクーパー。めずらしく髪の毛が乱れている。

 車に戻って、ダイアンにクーパーは「ここがその場所だ」と告げる。

 「キスをしてくれ。ここを越えたらすべてが変わってしまう」

 熱いキスをするふたり。
 唇を離すとダイアンが言う。

 「行きましょう」

 彼女も覚悟を決めたようだ。

 ゆっくりと車を前進させる。電気の音は次第に太く、大きくなる。やがて車内に閃光が走ると、一気に夜の真っ暗な道へ場面が変わる。車はさっきよりはるかに速いスピードで疾走していく。

●どこかのモーテル

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 古ぼけた平屋のモーテルの敷地。ふたりの乗ったクラシックなセダンが入ってくる。車を停め、クーパーがひとりで降りて受付へ向かう。

 ダイアンが助手席に坐ったままで受付のほうを眺めていると、柱の陰からもうひとりダイアンが姿を現して、ふたりは見つめ合う。

 クーパーが受付から出てくると、もう一人のダイアンは消える。

 ふたりは7号室に入室する。ダイアンが電気をつけると、クーパーは「すぐに明かりを消せ」と指示。

 「次はどうするの?」
 「こっちへ来い(Come over to me)」

 どことなく雰囲気や態度が黒クーパー的になっている。抱き寄せてダイアンにキスをするクーパー。そして、彼らはファックする

 〈赤い部屋〉と交わるクーパーダギー/クーパーがナオミ・ワッツとしてる時と同じ騎乗位だ。騎乗位は〈馬〉の暗示かもしれない。馬はフクロウと並んで、ツイン・ピークスの世界で何度もシンボリックに登場する動物である。

 ここで音楽がかかる。ザ・プラターズの「My Prayer」だ。「My Prayer」は第8話の1956年のシーンで、リンカーン似のウッドマンがラジオ局KPJKに「火、あるか?(Gotta Light?)」とつぶやきながら押し入り、ディスク・ジョッキーや受付の女性を血祭りに上げたときに流れていた曲だ。第8話でも解説したが、プラターズには〈デヴィッド・リンチ〉というメンバーが所属している。ただ、よく耳を澄ますと「My Prayer」と重なるように、シンセサイザーの低い不穏なストリングス音が流れている。

 ダイアンの下になったクーパーはまったくの無表情。ダイアンは腰を動かしながら何度もキスをするが、クーパーの表情は変わらない。
 そしてダイアンはクーパーの顔を手のひらで覆うように動かす。まるでウッドマンが黒クーパーの顔に血を塗りたくっているみたいに見える
 もはやダイアンはクーパーと目線さえ合わさない。天井を見つめて、今にも泣き出しそうな表情だ。430マイル地点を越え、こちら側の世界に超えてきてしまったのは、まちがいだったかもしれない───と言わんばかりに。

 そもそもここはどこで、何年なのだろうか?
 モーテルも車もやけに古めかしかった。さすがに1956年ではなさそうだが……。

 朝になる───。
 眠っていたクーパーが目覚めると、そこにダイアンの姿はない。ベッドサイドに一枚のメモが残されている。

 〈親愛なるリチャード。わたしは出ていきます。どうか捜さないでください。もうあなたのことがわからないの。わたしたちが分かちあったものは終わってしまった。リンダより〉

 第1話で消防士が「忘れるなよ」と念を押しながら授けた〈430/リチャードとリンダ/2羽の鳥とひとつの石〉のうち、〈430〉と〈リチャードとリンダ〉のキーワードが示された。

 430マイルのポイントを越えた瞬間から、すべてが変わった。クーパーはリチャードに、ダイアンはリンダに変身してしまったのだろう。

 昨夜、モーテルの柱のところで、もうひとりのダイアンが咎めるように見つめていた。〈赤い部屋〉の化身であるダイアンは、きっとこの世界ではこれ以上クーパーの側にとどまれないのだ。ダイアンがあんなに悲しそうだったのは、愛するクーパーとの別れが近づいていたせいなのか。

 室内の様子は昨日と変わりがあるように見えなかったけれど、リチャード/クーパー(以下、R/C)が外に出ると、モーテルの外観はまったく異なっている。一階建てから二階建てになり、モダンなデザインのモーテルにすっかり変わっているのだ。駐車場に停めてあった車もフォードの高級車(クラウンビクトリア)になっている。第2話に出てきた修理工ジャックのシーン(顔ムニュムニュ)で黒クーパーが乗り換えたのと同型車である。

 だがR/Cはその変化に対し、まったくリアクションしない。何食わぬ顔で駐車場からフォードを出して、どこかに出発する。

オデッサ

 〈Odessa / CITY LIMIT / POP 95,940〉という道路標識。

 今まではどこかの新しい場所が出現するとき、地名のテロップが出ていたが、ここではなに州のオデッサか、具体的に示されなかった。アメリカには無数のオデッサがある。テキサスにもフロリダにもミズーリにも。だから、どこどこのオデッサかということを具体的に示したくないのだろう。人口10万人足らずの地方都市オデッサならどこでもかまわない、ということだ。

 そんなオデッサの町中を走るR/Cは一軒のダイナーに目を留める。

 名前は〈JUDY’S COFFEE SHOP〉

 猛禽類のような顔をした老夫婦、カウボーイハットの三人組。あとはブロンドの若いウェイトレスがひとりと、コックが厨房にいる。ダブル・Rよりもずいぶん広々とした店だ。

 R/Cは店内が見渡せる入口横のボックス席に座る。ウェイトレスがコーヒーサーバーとメニューを手に、彼のところへやってくる。

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 「この店に君以外のウェイトレスがいるか?」
 ウェイトレスは怪訝そうな顔つきで「いるわ」と答える。
 「でも今日はお休みなの。休んでもう3日になるけど」

 ウェイトレスのは名札にはクリスティ(Kristi)とある。演じているのはクリント・イーストウッドフランセス・フィッシャーの愛娘フランセスカ・イーストウッドだ。

 R/Cがコーヒーを飲んでいると(クーパーやダギーと違って、コーヒーに何の反応も示さない)、カウボーイたちの席にコーヒーのおかわりを注ぎに行ったクリスティがスカートを引っ張られてからかわれている。

「彼女を離せ」R/Cがたしなめる。

 男たちは立ち上がり、R/Cのところへ近づき、銃を突きつけながら「表へ出ろ」と脅す。R/Cは男が銃を持っていた右手をテーブルに叩きつけ、股間を前蹴り。慌てて銃を引き抜いた別の男のつま先を懐から取り出した自分の銃で撃ちぬく。呆然と立っていたもう一人の男に命令して銃を床に置かせ、すこし離れた場所に座らせる。
 鋭い身のこなし、冷酷で暴力的な対応はノーマルなクーパーというよりも、むしろ黒クーパー的だ。

 R/Cは周囲を警戒しながら、クリスティのいるカウンターに近づく。そして、休みを取っているウェイトレスの住所を教えるよう命令する。彼女が紙に書いているあいだ、ポテトを揚げていたフライヤーのなかへ男たちから取り上げた銃を放り込む。そして、厨房のコックに「弾が爆発するかはわからないが、とりあえずそこから離れていろ」と命令する。拳銃をカラリと揚げるなら弾倉を抜いたあとでよかったんじゃないかな(笑)。

 クリスティがメモを心配そうな顔でR/Cに渡すと、「心配ない、わたしはFBIの人間だ(=I am with the FBI)」と言いのこし、立ち去る。

オデッサのどこか

クリスティからもらった住所をもとに、もう一人のウェイトレスの家を見つけるR/C。

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 ドアの上の住所表示は〈1516〉。

 家の前の電柱に〈324810〉と〈6〉という見覚えのある表示板がついている。左の写真は今回のもの、右はリチャード・ホーンが子どもを轢き逃げしたツイン・ピークスの交差点にあった電柱のもの。完全一致だ。

 電線から唸るような音が、また聞こえてくる。

 家に近づいていくR/C。庭はゴミが散乱して荒れ放題だ。

 ドアをノックすると中からローラ・パーマーそっくりの中年女性が姿を現す。ブロンドの髪を肩までに切り、ホースシュー(馬の蹄)のペンダントをしている。R/CがFBIの者だ、と名乗ると、ローラ似の女は逆質問する。

 ローラ似の女「彼が見つかったの?」
 R/C「君はローラかい?」
 ローラ似の女「家を間違ってるわ」

 彼女の名前はローラではなく、キャリー・ペイジというらしい。R/Cはローラという名に聞き覚えがないか、と食い下がる。だが、キャリーは首を横に振る。R/Cが「父親の名はリーランド、母親の名はセーラで……」と言葉を続けると、キャリーの表情が俄に変わる。

 「セーラって……いったいどういうことなの?」とキャリー。
 R/C「説明するのはとても難しいことなんだ。奇妙に聞こえるかもしれないが、君はローラ・パーマーという名前の少女だったとわたしは考えている。わたしは君を母親のもと───つまり君のほんとうの自宅だったところに連れて行きたいんだ。とても大事なことだ」
 キャリー「ねえ、聞いて。普通だったらあたしはあんたみたいな人間が来たら『消え失せろ』と言ってドアを閉めちゃうのよ。でも……あたしはここを今すぐ出て行かなくちゃいけない。話せば長い事情があるの。FBIと一緒にいるなら、あたしは助かるかもしれない。で、どこへ行くの?」
 R/C「ワシントンだ」
 キャリー「DC?」
 R/C「いや、ワシントン州にあるツイン・ピークスという町へ」
 キャリー「遠いの?」
 R/C「ああ、かなりね」

 キャリー「支度するから中に入って」

 R/Cが家の中に入る。殺風景なリヴィングルーム。カウチには頭を撃ち抜かれた男の死体がある。壁に血しぶきがこびりつき、蝿がたかっている。殺されてるのは誰だろう。キャリーの今のパートナーか、あるいは死んでいるのは第三者で、彼女の恋人が殺して逃げているのか。もちろんキャリーが殺した可能性もある。
 いずれにせよ、R/Cが現れたとき、彼女が聞いたのは逃げ出した男(犯人)の行方について、彼がなにか知っていると思ったからだ。

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 炉棚の上には白い馬のオブジェと青い皿が立てかけられている。暖炉の前のラグにはライフルが落ちている。これが凶器だろう。

 電話のベルが鳴る(勤務先からクリスティがかけているのかも)。しかし、キャリーはそれにかまわず、R/Cに質問する。

 キャリー「ワシントン州って北の方よね。コートは必要かしら?」
 R/C「あるなら持っていくべきだよ」
 キャリー「食べものは何もないけどどうする?」
 R/C「途中で買うからかまわない」
 キャリー「オッケー、じゃあ行きましょう」

 ドアを締めながら、忌々しそうに男の死体を睨みつけるキャリー。

 キャリーは車中で「あなたは本当にFBIエージェントなの?」と質問。R/Cがバッジを見せると、彼女は安堵して呟く。

 「これでクソ忌々しいオデッサとおさらばできるわ」

 キャリーはジュディのコーヒーショップ(JUDY’S COFFEE SHOP)で働いていた。つまり、ジュディに囚われていた……と解釈できる。クーパーはキャリーをオデッサからだけでなく、ジュディの手からも解放したのだ。

 ふたりの乗ったフォードが夜道をひた走る(ちなみにこのあたりで番組開始から40分が経過。残りは20分弱。今日が最終回だということをリンチが忘れてるんじゃないか、と少々不安になってきた)

 リアガラス越しに後ろの車のライト。フクロウが監視の目を光らせているように見える。キャリーとR/Cは何度も何度も振り返る。なんのへんてつもない日常風景がサウンドや演出の力でなんとも不気味なシーンに変貌する。まさにリンチ演出の真骨頂。

 やがて、あやしい後続の車はルートを逸れて、どこかへ消えていく。

 キャリーは身の上話をはじめる。

 「オデッサ……あたしは家のなかもきれいにして、きちんとした生活をしようとしてたの。ほんとうに長い道のり……あたしはまだ若くてなにもわかってなかったわ」

 キャリーは穏やかで平穏な暮らしを望んでいた。暖炉の上の白馬がその象徴だ。だが、それは踏みにじられてしまい、一人の男が彼女の家で死ぬはめになった。そしてキャリーはなんの未練もなくオデッサを棄てて、なにかに導かれるようにツイン・ピークスへ向かっている。

●深夜のガソリンスタンド

 ウッドマンたちが蠢いていた店でもなく、エドが経営している店でもなく、アメリカ中どこにでも見かける実在するガソリンスタンド店〈VALERO〉に車が停まっている。現実に存在する店が登場するのは『ツイン・ピークス』の世界線では明らかに異様なこと。確かにこの世界はなにか変化している───。給油と休憩を終え、R/Cとキャリーは車にふたたび乗り込み、ツイン・ピークスへ向かう。

ツイン・ピークス

 鉄橋を渡り、ついにふたりの車はツイン・ピークスに到着。ダブル・R・ダイナーの前を通りかかるが、店の外観は旧シリーズのときのものに戻っている。風景に見覚えがないか、R/Cがキャリーにたずねるが、彼女は首を横に振る。

 ローラの家の前に到着。

 R/C「この家に見覚えは?」
 キャリー「無いわ」

 彼らは車を降りる。R/Cは森のなかを歩いた時のように、彼女の手を握り、建物に近づいていく。歩みを進めていくにつれて、キャリーの顔つきが徐々に変化し、まるで女子高生だった頃のローラ・パーマーのような雰囲気になっていく。

 R/Cがドアをノック。応答がない。もう一度ノックする。金髪の中年女性がドアを開ける。

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 女性「なんでしょうか」
 R/C「(驚いた表情で)FBIの……デイル・クーパー特別捜査官といいます。セーラ・パーマーはご在宅ですか?」
 女性「誰です?」
 R/C「セーラ・パーマーです」
 女性「そんな名前の人はここに住んでいませんが」
 R/C「セーラ・パーマーはごぞんじじゃないでしょうか?」
 女性「いいえ」
 R/C「この住宅はあなたの持ち家ですか? それともお借りになっていますか?」
 女性「わたしたち夫婦の持ち家ですよ」
 R/C「どなたからお買いになりましたか?」
 女性「(リヴィングの方を見て)ねえ、あなた。ここを売ってくれたご夫人の名前を覚えてる? (振り返って)ミセス・チャルフォントよ」
 R/C「そのご夫人が誰から買ったのかはわかりませんか?」
 女性「いいえ。(ふたたびリヴィングにいる夫に)ねえ、チャルフォント夫人が誰からこの家を買ったかは知ってる? (R/Cを見て)わからないわ」
 R/C「あなたのお名前は?」
 女性「アリス……アリス・トレモンドよ」
 R/C「わかりました。夜分遅くに失礼しました」
 アリス「いいのよ」
 R/C「おやすみなさい」
 アリス「おやすみなさい」

 アリス・トレモンドがR/Cに教えたミセス・チャルフォントという名。旧シリーズでは、ミセス・トレモンドと名乗る老婆の家に、ローラはボランティアで食事を運んでいた。ローラの死後はドナが彼女の食事を運んだが、そこで不思議な体験をする。

 また、ミセス・チャルフォントは、ジャンピングマン、ウッドマン、ボブや小人などがたむろしているコンビニの2階にいるメンバーのひとりだ。現世ではカールが管理していたトレーラーハウスに孫のピエールと一緒に住んでいた。

 テレサ・バンクスが持っていたフクロウの指輪を、チャルフォントが住むトレーラーで見つけたデズモンド捜査官は姿を消してしまう。このミセス・チャルフォントとミセス・トレモンドは同一人物だとされている。

 しかし、これもまた〈6〉の電柱と同じこと。同じであって、同じではない。ぼくたちが見る夢のなかに出てきた人や場所や物。たとえ見覚えがあっても、本物とはまったく違うキャラクターを持っていることがよくあるだろう。ミセス・チャルフォントとミセス・トレモンドにも同じことがいえる。悪しき者の象徴/予兆として、ローラやクーパーたちの前に度々出現する存在───という、一種の記号にすぎない。

 さて、アリスと別れたR/Cとキャリーは前庭の階段を降りていく。そしてふたりはもう一度建物のほうを振り返り、ローラ・パーマーの家であったはずの住宅を見つめる。R/Cはなにかとんでもないことに気づいたような表情で、身体をよろめかせながら呟く。

 いったい今は何年なんだ?(What year is this?)

 その言葉を聞いたキャリーはR/Cをゆっくり見つめた後で、もう一度、家を見あげる。すると、家の中からセーラ・パーマーの声が聞こえてくる。

 「ローラ!」

 『序章』の冒頭、家の中にローラの姿が見えず、2階を探しまわっていた時のセーラの声だ。

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 絶叫するローラ/キャリー。R/Cは驚いて彼女を見る。ローラの家の灯りがすべて落ち、閃光が走る。そしてあたりは完全な闇に落ちる。闇の中をローラの叫び声が聞こえる───その残響がいつまでも響いている。

●赤い部屋

 クーパーの耳元で、またなにか秘密を囁いているローラの姿が闇の中にうっすらと浮かび上がる。

 彼女はなにを囁いているのだろうか?
 ぼくはこのフレーズに違いないと思っている。

 この夢はいったい誰の夢なの?

 そして、その上にクレジットがゆっくりと流れていく。

Sheryl Lee as Laura Palmer
Sheryl Lee as Carrie Page

 決して〈Sheryl Lee as Laura Palmer / Carrie Page〉ではないのだ。

 クレジットが流れたあと〈LYNCH / FROST PRODUCTION〉のロゴ、および番組を製作した〈SHOWTIME〉が流れる際に、それぞれについている音(前者の電気が激しくスパークする音、後者のファンファーレ的な音楽)は省略されて、残響のような音だけがかすかに聞こえる。

 静寂。

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あとがき

 こうして新作は終わった。

 オードリーはどうなった? とか、全裸で見つかったジェリー・ホーンは? とか、そんなことを気にしている場合ではない。

 この最終回で、リンチとフロストは旧シリーズの序章から新作に至る25年の道のりをたった60分に要約したのだから!

 じつは今回、パーマー家の家主として登場するアリス・トレモンドを演じたマリー・レーバーはプロの女優ではない。実際にパーマー家としてロケで使っている住宅を所有しているオーナーなのだ。

 ツイン・ピークスまでの道中、R/Cとキャリーが休憩したガソリンスタンドも、アメリカに実在する本物のチェーン店だった。

 これはいったいなぜだろう?

 つまり〈430マイル〉を越えた場所にあったのはツイン・ピークス』という虚構の世界と、ドラマや映画としての『ツイン・ピークス』が存在する現実の世界が入り混じった〈半現実〉と呼ぶべき世界線なのである。

 つまり、クーパーはローラを探すためにドラマの世界から飛び出してしまったのだ!

 それゆえ『ツイン・ピークス』の象徴でもある場所の分身=〈赤い部屋〉であるダイアンは、モーテルから先は彼についていくことが出来なかった。ローラがキャリーになったように、リンダとして、クーパーと〈半現実〉の世界に生きようと決めたダイアンをもう1人のダイアンが制止したのだろう。

 リチャードの元を去った女の名前が〈リンダ〉というのも引っかかる。カイル・マクラクランは『ツイン・ピークス』の撮影が終わったあとに、スーパーモデルのリンダ・エヴァンジェリスタと交際し、別れている───これは〈半現実〉に紛れ込んだ現実世界の断片かもしれない(笑)。

 説明したように、この最終回では、ラストシーンに近づくにつれ、リンチとフロストは一種の〈メタ・フィクション〉として物語を推し進めていることをいくつかのヒントで仄めかしている。

 くりかえすけれど、元・パーマー家の中から聞こえてきたセーラの声は、『序章』のときの音声を流用している。新しく録ろうと思えば録れるのに、なぜそうしたのか?

 つまり、あの声は『序章』の音声でなければいけない理由があったのだ。

 その理由はもちろん、トレモンド夫妻がそのとき見ていたテレビから聞こえてきた……ということだ。

 だからR/Cが思わず漏らした「いったい今は何年なんだ?(What year is this?)」という疑問に対する答えは……ずばり〈1990年4月8日〉である

 アメリカで『ツイン・ピークス / 序章』が放送されていた、放送当日だということ。つまり、最終回でクーパーとローラはドラマ版の『序章』がオンエアされた日へ〈回帰(RETURN)〉してしまった───。

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 もう一度しつこく書こう。
 ツイン・ピークスには謎など何もない。すべては永遠に繰り返される輪の上の出来事であり、どこが始まりでどこが終わりでもない。

 ドラマはドラマ、現実とは違う。結局のところ、『ツイン・ピークス』とは、リンチやフロスト、スタッフや役者たちによって形作られた夢───虚構の世界である。

 赤い部屋の存在する『ツイン・ピークス』の世界と、ドラマが放送されている現実世界。その両方の世界を見通しているキャラクターはゴードン・コールだ。だから、ゴードンはクーパーとダイアンと共に、ボイラー室のドアの前までは進むことが出来る。

 そんなゴードンを演じているのが監督のデヴィッド・リンチ自身ゴードン・コールとはリンチが創りだした人物=トゥルパである。『ツイン・ピークス』という虚構のなかにトゥルパを送り込み、モニターのこちら側の現実に監督として彼が立っている。旧作でゴードンをリンチが演じていたことが、新作『ツイン・ピークス』を再起動していくうえで、これほどの武器になろうとは、本人たちでさえ思ってもみなかったんじゃないだろうか?

 この夢はいったい誰の夢か? とモニカ・ベルッチが囁いた。ゴードン=リンチである以上、この夢はいったい誰が見た夢なのか? という問いには自ずと答えが導き出せる。しかし、ひとつの作品がこれほど長い命をもってしまえば、もはや監督や脚本家たちだけの夢ではない。ぼくたち視聴者自身が見る夢でもあるのだ。

 だからこそ、リンチとフロストはツイン・ピークス・サーガを締めくくる最終回のなかに「ドラマはドラマ、夢は夢、現実は現実として楽しむこと。ただ、そこをイマジネーションの力で飛び越えることは楽しい。でも、恐ろしい目にも合うよ」という、愛情とともに視聴者を突き放すようなメッセージを込めた。

 今後、シーズン4があろうと無かろうと、フィリップ・ジェフリーズがヤカンではなく、土管で現われたとしても(笑)、きっとぼくはそこになにも意味を求めない。なにか疑問に思うことがあれば、クーパーのように何度でも赤い部屋に戻って、はじめからもう一度やり直せばいいのだ。

 過去が未来に、未来が過去に影響を与えながら、クーパーはローラを助けようとこちら側とあちら側を何度もめぐり続けていく。まるで───パーマー家のプレーヤーで回り続けていたレコードのように。

 The World Spins……

(了)

オリジナル更新日:2017年11月26日